27. 狼と竜の仲は悪い
ドラゴン騒ぎの次の日はちょうど休みだった。シルの時のように巨大犬小屋を作るわけにもいかず、ひとまずヤミーは庭にいさせることになったのだが……。
「コラ! 喧嘩はメッ!!」
朝からシルと大喧嘩していた。子ドラゴンどころかまだ赤ちゃんなヤミーはシルと同じ大きさで、いい勝負になっている。
シルからすればヤミーはご主人様が急に拾ってきた新入りで、狼の掟である序列のために自分の立場をわからせなければならない。
ヤミーにとってのシルは明らかに下の魔物であり、そんなやつに負けることなど最強種のドラゴンとしてのプライドが許さない。
「ガルルルル……」
「ギャァァァァ!!」
そんなことなど知らないご主人様兼母のレティはずんずんと近づき……睨み合う二匹にげんこつを落とした。オベール家では喧嘩両成敗なのである。
「メッて言ったでしょ。人間に腕が二本あってよかったわ!」
レティのげんこつは魔物にも通ず。シルと尻尾をしょげ、ヤミーは痛さに鳴いた。
その喧しさに、とうとう母の部屋の窓が開き、レティは呼び出される。
「ちゃんとしつけできないなら、飼わせないと約束しましたよね? いつもいつも、結局お母様が面倒を見る羽目になるんじゃないの!」
「ドラゴンと犬が仲が悪いなんて知らなかったの……」
「種族の問題だけじゃないわ。性格だってある。多頭飼いは大変なのよ」
破天荒すぎる娘にお説教をしながら、母は悩んでいた。
魔物といえど見た目は狼に近いシルでさえギリギリだったというのに、ドラゴンとくれば一般人や貴族たちから反感を買うことは間違いない。その強さから、他国から非難される可能性もあるだろう。殿下が口留めをし、オベール家の使用人たちの忠誠心が強いおかげでまだ隠せているが、このまま大きくなっていけばいずれバレる。……とはいえ、オベール家に一度拾った者を捨てるという選択肢はない。
「お、お母様……その、私はどうなってもいいので、どうかヤミーだけは……」
「もう放課後だったし、ドラゴンを無事倒したことは評価しているの。それでレィちゃんが拾ってきてしまうことも、わかるわ。でも、それはそれ、これはこれ。うちはうち、他所は他所。お母様は前回ちゃんと言いました!」
「ぴぇ……」
母からピシャリと言われ、レティは涙目になる。
「大臣たちは東との関係悪化を回避したことでゴリ押せばいけるでしょうけど……」
「東? かんけー悪化?」
母の言う東とは、セリタス王国の右隣からカピティアの隣までを支配する大きな沿岸国のことである。内陸国のセリタスは元々南のカピティアを通して別の大陸に輸出していた。しかし五十年戦争の際にその輸出ルートが使えなくなり、セリタスは東の国と懇意になった。
北とは不可侵を結び、西側の国には第一王子が婿に行き、どちらとも良好な関係を保っている。しかし、東とはそういった繋がりがないのが現状だ。最近は海が荒れている。今回の事件でドラゴンが東に被害を出していたならば、衝突は避けられなかっただろう。
……とはいえ、そんな小難しいことなど、レティにはわからない。
「ピギャァ!!」
ヤミーの鳴く声がする。また喧嘩でも始まったのかと、レティが二階の窓から飛び降りて中庭に着地する。
そこではシルがドヤ顔で立ち、ヤミーは生まれた時よりも小さくなっていた。
「え、ええ?」
肩乗りサイズになったヤミーは、母に泣きつくようにレティにすり寄る。
未知のことに怖くなったレティが次兄の部屋に押し掛けると、環境に応じて魔法で体を小さくしただけであり、何も問題はないことを教えてくれた。おかげでヤミーはレティについて回り放題となり……序列争いに勝ったはずのシルは面白くなかった。
一方、お母様は頭痛の種がなくなって一安心していた。この大きさならレティの部屋でお留守番させておけるし、そこまで脅威に思われない。制御魔法で首輪をつければ、議論にすらならないだろう。
「小さい貴方も可愛いわ!」
「ピギュウ!」
「ウォフ!!!!」
親の心子知らずとはよく言ったもので。レティは魔物の狼とドラゴンと戯れていた。期末テストという、世紀末を忘れて。




