25. これぞ脳筋
「また直していただかないと」
学園を抜け出したレティは、ドレスの裾を破る。レティはデザイナーや仕立て屋……布を作る職人まで尊敬しており、普段は物を丁寧に扱う。しかし今は非常事態だった。こういうことが今までなかったわけではなく、その度に謝るレティを見て、お抱えの職人たちは皆、それ仕様に作るようになった。
「殿下、どうかご無事で……」
身軽になったレティが駆け出す。膨大な魔力を感じた、東の国境沿いへ。ここまで膨大な魔力など、殿下と長兄……父や他家族を合わせても足りない。レティは殿下のように考察などできないが、戦いにおける勘を間違えたことはない。強大な敵であることはわかっていた。
……天才といえど、向き不向きはある。殿下は氷と闇に秀でており、光魔法はあまり得意ではない。無論、人よりは扱えるのだが、今回の闇ドラゴンとの相性が非常に悪かった。どうにか光魔法を発動しようにも、氷や闇のように短い詠唱では発動できない。長く詠唱していれば、攻撃の隙を与えてしまう。騎士団長と連携しながら少しずつダメージは与えられているが、撤退も視野に入れるほどだった。
「レティ!?」
「レティシア!?」
そこにレティが颯爽と現れ、そのままドラゴンに殴りこんだ。
「なっ!!」
が、普段より威力がない。というよりも、瘴気に阻まれてしまっている。
地面に這うおぞましい泥のようなものに吸い取られ、ドラゴンは無傷だ。剣技や実戦経験においてレティよりもよほど強い長兄……騎士団長が苦戦している理由だった。
「っここから離れろ、レティ!」
珍しく声を荒げる殿下に、レティはハッとする。キッとドラゴンを睨みつけ、殿下たちに背を向けて走り出した。殿下が安堵した瞬間、竜の尾が迫りくる。油断した、と思った時にはもう遅かった。
「どりゃあああああ!!」
遠くから、レティの叫ぶ声がする。殿下は全ての魔力を集中させ、騎士団長と自分に防御壁を張った。
……レティの得意な属性は、火と光である。
間一髪で光属性の衝撃波が襲う。防御壁が割れた時、地響きが鳴る。ドラゴンが倒れたのだった。
「っよし!」
レティは鼻を鳴らす。大事な兄と殿下を傷つけられ怒っていたため、どんなもんだい、といった具合だった。残りの瘴気をどうしようかと思っていたところで、致命的なミスに気付く。
「ハッ! 殿下、お兄様、無事かしらーー!?」
ドラゴンが倒れるほどの魔法を放っておいて、二人には何も伝えていなかったのだ。殿下の魔力があと少し足りなかったら、消し炭になっていたことだろう。幸いにも、殿下と騎士団長はほぼ無傷で生きていた。返事がないことを心配したレティが物凄い速さで駆け寄ってくる。
「ふっ、はははっ!」
「レティシア、これは一体」
殿下は笑い、長兄は尋ねる。どれだけ切っても傷一つつかなかったドラゴンが、魔力をぶつけただけで倒れた。ダメージ計算が合わないのだ。
「え? 殿下が仰った通りにやっただけよ。瘴気内から離れて倒せって」
誰がどう聞いても、あれは逃げてほしいという意味だった。しかし、レティの辞書に自分だけ逃げるという言葉はない。
レティのしたことは、本当に単純だった。瘴気外から光属性の魔力を放ち、強化された拳を振るって飛ばす。たったそれだけのこと。レティほどの魔力と身体能力、何よりも魔法を感覚で使う頭がなければ不可能なこと。通常、魔法の飛距離によって威力は減っていくものなのだ。
「死んでるのかしら?」
呆気に取られている殿下と長兄に気づかずに、レティはぐでんと前のめりに倒れているドラゴンを指でつんつん触る。ここで、怖いなどと思う女はオベール家にいない。
「……いや、気絶しているだけだね。けど、起きる魔力は残っていなそうだ」
「んー、この体勢って」
殿下が説明している最中に、レティがドラゴンの下に潜り込む。殿下が慌てて止めようとした時にはもう遅かった。
「やっぱり! ありましたわよ、殿下!」
瘴気まみれになったレティが持って這い出てきたのは、レティの半身ほどもある大きな卵だった。




