24. 危険にこそ向かう人
それは、極々普通の日だった。
ついに社交シーズンに入り、どの舞踏会に何のドレスを着ていくかなどの話が盛り上がる。レティは……辟易としていた。舞踏会は嫌いじゃない。踊るのも好きである。立食式は選べて楽しいし、友人がうんと綺麗な格好をしているのが見れる。
しかし、どの舞踏会に出たとしても絶対に殿下の隣であり、そうするとレティは誰からも話しかけられないのだ。自分から話しかけようとしても、向こうから離れていく。未来の国母としての役目と思っているが、正直つまらない。
「雪は好きなのに……」
レティは精神が子供なため、雪が降ると外に出て遊ぶ。今年からは遊び相手にシルも増えた。もちろんずぶ濡れになって母に怒られるのもセットだが、それでも遊ぶ。
「レティ様は何色のドレスなのですか?」
「アネット。それが私にもわからないの。毎年殿下が贈ってくださるから」
「ああ……」
「ですよね……」
「独占欲こわ……」
他親衛隊員はやはりというように頷いた。アネットは去年の三学期から庶民から貴族になったばかりで知らないが、貴族社会において自分を思わせる色のドレスを着せて牽制する……という文化がある。レティは毎年、最高級の黒や紫のドレスを着せられていた。殿下の婚約者であることなど、知らない者はいないというのに。
「どくせ? ああ、そうだわ。今何時かしら?」
「そういえば、殿下が迎えにいらっしゃいませんね」
レティが放課後に皆と遊んだり、殿下にのっぴきならない用事がなければ、二人は必ず一緒に帰る。しかし今日は、いつになっても教室まで迎えに来ない。
「……そういえば、最近瘴気が濃くなっているという話を聞きます。もしかしたら、その件でお忙しいのかもしれません」
ルネの研究内容の一つに、瘴気の浄化がある。
この世界は、天からは神聖力が降り注ぎ、地下は瘴気で満たされている。瘴気は漏れやすい場所があり、神聖力が弱まると、魔物が活発化し人は病がちになり住めなくなる。五十年戦争は、瘴気によって住める土地が少なくなっていたカピティアが仕掛けてきた領土戦争だった。
「私、何も聞いていないのだけれど……被害は?」
「……まだ出ていません」
「そう、よかった」
レティの目が鋭くなる。話がこないのは当たり前だ。人が傷ついているような危険な場所に程行く人だから。
ルネは嘘をついていない。人的被害は出ていないが、瘴気の中で育つ存在である闇ドラゴンが眠っていることが確認されている。魔物の中の強さはトップクラスで、殿下や英雄など人離れした強さを持たなければ討伐は不可能とされるほどだ。
「信じるわ」
レティは勘で、ルネに言っていないことがあるとわかっていた。でも、レティは友を疑わない。言わない方が良いことなのだと、友を信じる。
ルネはその気持ちが伝わっているからこそ、こっそり遠隔透視魔法を使った。
……東の国境沿いの大地で、ドラゴンは目覚め、レティの兄である騎士団長と殿下が戦っていた。瘴気区域とほぼ変わらないほどで、かなり大きい個体だ。殿下が凍らせようとも瘴気によって阻まれ、区域特有の重力によって騎士団長の剣の動きも鈍い。あの二人なら死ぬことはないだろうが、苦戦している。
「……っ!」
ルネと竜の目が合った。あまりの恐ろしさに震え、床にへたり込む。
「もういいわ、ルネ。魔法を解除してちょうだい」
「レ、レティ様。その……」
「ありがとう、私のために調べてくれたのよね」
レティは難しい魔法式はわからない。それでも、その膨大な魔力ゆえにルネが魔法を使ったことはわかる。しゃがんでルネの背や頭を撫でて落ち着かせ、レティは立ち上がる。
「何がいて、何が起こっているのかはわからないわ。それでも、行かなければ」
「い、いけません。レティ様、今回ばかりは」
レティが神経を研ぎ澄ませる。野生の勘を最大限活用し、大きな魔力が使われている場所を感じ取るのだ。
「大丈夫よ、私を誰だと思っているの?」
不敵な笑みに、ルネは絶句した。なにより、勝利が想像できてしまったことに。




