22. レティは太らない
もうすぐそこに冬が来ていそうな今日この頃、雲一つない秋空に対して教室の女性陣の空気は重かった。
「今日はね、我が家のメイド長のお手製クッキーを持ってきたのよ。みんなで食べましょう」
なぜだか暗い学友を気にして、レティが明るく声をかける。ナッツ入りのサクサククッキーはレティの大好物で、焼きあがる匂いがした時にはもう厨房に潜り込み、焼き立てを火傷してでも食べたものである。しかし、喜ぶはずの学友や親衛隊員は、気まずそうに俯いた。レティが首を傾げる。周りを確認したアネットが耳元でこそりと教えてくれた。
「太る……?」
「はい……秋は食べ物がおいしい季節じゃないですか。貴族になってから食事の量が増えたのもあって……その、スカートがきつく」
「それに、冬になればパーティーが増えます。ドレスが入らなくなったら……」
アネットやロラの悩みに、教室中の女性陣が頷く。
男性陣からすれば差なんてわからない程度なのだが、ここで首を突っ込んではいけない。ただ無視、またの名を静観し、突っ込もうとする馬鹿をシメることしかできない。
レティは唯一変わらない様子でクッキーを食べてくれているヴァネッサの袖を引く。
「ヴァネッサは気にしたことがある?」
「いいえ、重くなるのは筋肉がついてる証拠ですから」
腹筋がバキバキに割れているヴァネッサと脂肪は無縁だった。
「レティ様はよくお食べになりますけど、体形を維持されていますよね。素晴らしいです」
「うーん、特に何もしていないけれど、そうね。多分変わっていないと思うわ」
その通りで、成長期を終えたレティのスリーサイズは全くというほど変動していない。生徒会室で水晶玉越しに話を聞いていた殿下が頷く。まず日々監視されているところから、スリーサイズを目視、把握されていることなど、レティは知る由もないが。
「……レティ様は常に鍛えていらっしゃるからですよ」
「皆はしないの?」
「「しません」」
辺境領の歴戦の剣士、ヴァネッサを別として、令嬢が鍛えるべきは筋肉ではなく作法である。魔法漬けで引きこもりなルネなんて、学園の体育の後ですら死んでいるレベルだ。
「私と一緒に鍛錬でもしない? きっといい運動になるわ」
「「いえ、遠慮させてください」」
「そうよね……最初は見て覚えなければいけないものね!」
そういうことではないのですが、レティ様が楽しそうだからまあいいか。ヴァネッサ以外の親衛隊員の心の声が一致した瞬間だった。
放課後、侯爵家の庭に親衛隊員が集まる。レティは普段のドレス姿ではなく、長い髪をポニーテールにし、騎士見習いのような軽装をしていた。
「まずは準備運動からよ」
と最初はまだよかった。筋肉をほぐし、腹筋、背筋、スクワット。これを高速で百回。どう考えても準備運動じゃない。
「さて、次は北東の山を登るわよ」
「すみませんレティ様、私共がついていったら一日以上かかります」
「……そう? じゃあちょっと行ってくるわね!」
たった数十分後に帰ってきたのは、もう何も言うまい。ついでのように、自然湧きする魔物……ホーンラビットを倒しているのも。確かに魔法の使えない者からすれば危険であり、駆除対象に入るが、手の返り血を拭いてほしい。
「ただいま! 途中で川を渡らないといけないのだけれど、晴れだと帰りに乾くからいいのよね!」
晴れではなく、走っているときの風圧である。
「じゃあ次は……」
「もう充分ですレティ様」
「レティ様がどうやったって太れないことはよくわかりました」
「……人間の活動量を超えています」
「流石です、レティ様」
ヴァネッサ以外はドン引きしていた。英雄の血が濃すぎる。体術の時間にヴァネッサを吹っ飛ばすのも、魔力が膨大なのも納得である。
「普通に運動して痩せます」
「……そういえば、どうしてそんなに痩せたいの?」
スカートもドレスも、ウェストなどサイズを調整すればいい。レティの純粋な疑問に、アネットが悩む。ルネは何も言わずにお腹の肉をつまんだ。ロラがぽつりと、消え入りそうな声で伝える。
「わ、たしは……婚約者探しのため、ですかね」
有能で美人で、家柄も申し分ないはずのロラには、“今”婚約者がいない。
「……大丈夫よ、ロラ。焦らなくても大丈夫」
レティは中等部の頃の事件を思い出し、ロラの肩を抱いた。




