21. 弟妹とピクニック
「久々に二人と会えてうれしいわ!」
殿下と同じ黒髪の弟と、紫色の瞳の妹を、レティはとてもかわいがっていた。
ここで帰らせてはレティに怒られてしまい、デートどころではない。自然に帰らせたとしても、レティは嘘だと気づくだろう。殿下はしぶしぶ、ほんと嫌々ながらも同乗することを許可した。
「どうやってついてきたんだい?」
「普通に荷台の中に」
「入ってきました」
普段はそんなヘマはしない。しかし殿下はあの日以来、珍しく隙が生まれていた。双子はそこにつけこんだのである。
とはいえ荷台の中に入るなんて、王子と王女のやることではない。が、九つも違う弟妹はレティに影響を受けていた。レティが大好きで、そのレティとの交流を邪魔する殿下を、兄を嫌っていた。何より、レティと結婚できることに羨んでいた。
「義姉上、聞いてください。僕は学園のテストがすべて満点なんですよ」
「お義姉様、私だってそうなのですよ」
「二人とも凄いわ! とっても頑張っているのね」
レティに撫でられてふくふくとしている双子。殿下は笑顔の裏で嫉妬で胸が焦げていた。自分はそんなことでは撫でられないのに、と。
「まぁ……綺麗な緑!」
「エメラルドグリーンだね」
紅葉との対比で、一年の中で一番美しい時期だった。もう冷たくなってきた風が吹き、レティのスカートが揺れる。今までの不運が帳消しと思えるほど、殿下は満たされていた。
「義姉上、僕はボートに乗りたいです」
「私も、お義姉様と一緒に乗りたいです」
……はずだったのに、双子のせいで二人乗りのボートに乗る計画は消えた。殿下は人でなしなため、幼い弟妹などそこら辺に放置、なんなら湖に置いて帰るまでしただろうが、レティが子供だけでいさせるはずもない。レティはキャッキャとボートを漕いで、爆速で中央部分まで行き、爆速で岸の近くまで戻る。本来なら向こう岸まで行けただろうが、そちらはもうカピティアの領域である。双子はとても喜んだ。殿下は楽しそうなレティだけを見ていた。
「ん? 何か今対岸で光ったような」
「対岸は見えないし、気のせいだと思うよ」
「……ですが殿下、私の側を離れないでくださいまし」
湖の上で、レティが地平線を見る。殿下はレティの頬を触り、うっそりと微笑んだ。
その後、ボートから降りるときも、レティは耳をピクリと動かす。
「今、魔素弾の音が」
「……レティの聴力は凄いね。多分、カピティア内部の音だよ。お祭りか何かかな。この湖は人避けをしているから」
「確かに、そちらの方からでしたわ。さすが私ですのね!」
どこの国でも、秋は祭りが多い。穏やかな顔で湖の向こう側を想像するレティの横で、殿下は冷ややかな顔で嗤う。地平線の向こう側では、魔素弾が氷漬けにされていた。
────ぐぅぅ……きゅるゅる。
静かな湖畔で、レティの腹が鳴る。レティは何も言わない。ただ瞬きを繰り返し、徐々に顔が赤くなる。魔物をぶっ飛ばしておいて、腹が鳴るのは恥ずかしいらしい。
「レティ、僕はお腹が空いたんだけど、そろそろ昼食をとらないかい?」
「え、ええ……」
殿下がバスケットから、リンゴやサンドイッチを取り出す。クロワッサンに挟まれたクリームチーズと生ハムの組み合わせは絶妙。最高級卵サンドイッチもまろやか。王宮シェフの腕は素晴らしく、レティは羞恥などすぐに忘れた。双子とおいしいわねぇと笑っている姿は、殿下にとって双子を除けば絶景だ。
その後も穏やかに過ごし、馬車での帰り道。双子はレティに興奮しすぎて寝てしまった。夕陽が差して、世界は橙々色に染まる。
「それで、本当の目的はなんでしたの?」
「ん?」
「殿下がそのお顔の時は、大抵何かを企んでいるときですわ。何年一緒にいると思っていらっしゃるの?」
殺し文句だ。これで恋愛感情がないなんて、もはや拷問だろう。殿下はレティに敵わない。
「……カピティアに見せつけたかったんだよ。この宝石がどんなに近くにあろうとも、お前たちは奪うことなんてできないと」
「宝石なんて持ってきていましたの?」
「うん、最高級のものをね」
殿下はレティのガーネットの瞳を見つめた。じんわり溶けそうなほどに。




