20. 殿下とデート
「レティ、今度の休日は空いているかい?」
「……そうですわね。ええ、空いております」
葡萄祭りも無事終わったある日の放課後、殿下はわざわざレティの教室を訪れて尋ねる。事前に決まっているスケジュールなど分刻みで覚えているというのに。
「僕とデートしよう?」
その美貌を惜しげなく発揮し、レティの顎を掴んで目を合わせる。黒髪の美しき王太子殿下が、心底愛しそうな顔で、キスを落としそうな距離感で、囁いている。なんとも麗しい光景だった。
「ええ、承知しましたわ。……この手は一体?」
……が、レティは気にも留めなかった。仲睦まじくあるのは未来の国母としての務め、とか思っていた。殿下は今日も脈なしである。親衛隊のある者は遠い目をし、ある者は悶えた。
「……僕がレティをよく見たかっただけだよ」
「見たければ仰ってくださればいいのに。ほら」
レティは背伸びをして殿下に最大限顔を近づけ、頑張りすぎてバランスを崩し、寄りかかる。その距離の近さと可愛さに殿下は固まった。レティから積極的に近づいてきてくれることなどまずないため、耐性がないのである。聴衆への見せつけは大失敗だった。
「私としたことが体勢を崩すなんて……まだまだ鍛えられる場所がありそうですわ」
「ああ、うん、もういいよ、ありがとう。その、離れて……」
あの冷酷無慈悲な殿下のそんな顔を引き出せるのはこの世でレティだけだろう。
殿下はその日くらくらとした様子で逃げ、レティに行先を教えなかった。脈はなくとも愛情を持って信頼しているレティも、聞き出そうとしなかった。というよりも、そんなことはそうそうに忘れ、親衛隊員たちと王都でのお買い物を楽しみ、家に帰った後は鍛錬に励み、おいしい夕食をいただき、今日の授業の予習復習をし……殿下よりも日常生活の方が大事だった。
当日、殿下は花とプレゼントを持って侯爵邸にやってきた。プレゼントは日傘に帽子、洋服で、レティは着替えてくるように言われる。殿下はその間応接間にてレティの父……オベール侯爵に行先と帰る時間の目安を伝える。
「お待たせしましたわ!」
そんなこんなでオベール侯爵が複雑な顔をしていた時、女神が現れた。
普段のヘアセットではなく、プラチナブロンドの髪は後ろで上品にまとめられている。おかげでつばの広い上品な帽子が映え、白いパフスリーブ付きの長袖ワンピースとの相性が抜群であった。これでレースの日傘を差せば、もう絵画である。
「レィちゃ……」
「レティ、美しいよ。もちろん普段からだけど」
「ありがとうございますわ。殿下の贈り物のおかげで普段とは違う雰囲気ですの」
一番最初に褒めるのを奪われた父は面白くなかったが、自分が逆の立場だったらと考えたため何も言わなかった。自分がプレゼントした服を着た妻を、義父に先に褒められたら……悔しさで一晩中枕を濡らす自信があった。想像するだけで泣きそうだ。隣にいた妻はそう考えているのを感じ取り、後で昔もらった服を着て慰めようと思った。さすが元聖女、レティの母。デキる妻である。
母は洋服を贈った殿下を少し警戒していたが、この反応を見て他意はないのだと安心した。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
「では約束通り、日が落ちる前に帰ってくるように」
「いってらっしゃい」
殿下にエスコートされ、どこに行くのだろうとなんとなく予想しながら馬車の前に来た時、御者以外の気配がした。レティは咄嗟に殿下の前に立つ。
「は?」「まぁ!」
殿下は思わず低い声を出した。レティは驚いて口元で手を合わせる。
「お久しぶりです、義姉上」
「私たちもお義姉様と親睦を深めたいと思いまして」
馬車の陰からひょっこり現れたのは、初等部の中学年くらいの美形な少年少女……殿下の双子の弟妹であった。
「南の湖に行かれるのですよね?」
「私たちもお義姉様と一緒に行きたいと思っていたのです」
弟妹はキラキラとした純粋な表情でレティを見上げる。可愛い義理の弟妹達のおねだりにレティはもちろん承諾した。……彼らがチラリと兄へ向けた顔は、してやったりという風である。
おかげで殿下がどす黒いオーラを放つ。御者はプルプル震えながらも必死に頭を下げていた。




