2. 愛すべき馬鹿
「レティ様は、貴族社会に慣れない私のために指摘してくださり、我が家に家庭教師の推薦状まで送ってくださいました……!」
「お茶会の件も、彼女のためですわ。レティ様は私たちの彼女への不満を聞いてくださっていたのです」
「そもそも、あの時点で呼んでいたら彼女への批判はもっと酷くなっていたでしょう。殿方には理解できない世界が、女性にはあるのです」
「というか、あなた方のような浮ついた方々のせいで、レティ様が出なければならない事態になっていたのだと、自覚してくださいまし!」
アネットを筆頭に、取り巻き達も援護する。好きな子や女性陣にボコボコにされ、男子生徒は涙目だ。
……アネットを呼ばない茶会、それはヘイト管理会だった。叱ったというのも、他の生徒たちの反応を見ての事。レティは阿呆だが、もの知らずではない。庶民と貴族で男女間の距離感が違うことなどわかっていた。
侯爵令嬢であり未来の国母であるレティは、社交界を仕切る義務がある。そして、ヘイト管理会に本人を呼ぶわけにはいかないのは猿だって、いやレティだってわかる。
レティは取り巻き達や皆の愚痴を聞き、宥め、解決策を出し合わせていたのだ。結果として、レティは王妃教育の際にお世話になった敏腕教師に一筆書き、皆はレティの心の広さにしぶしぶ溜飲を下げた。馬鹿でないアネットはこのことに酷く感謝し、今や取り巻きの一人と化している。
「ぐっ。で、ですが、彼女は襲われかけて……!」
男子生徒はイタチの最後っ屁かのように、言葉を絞り出した。が、またもやバッサリと切られる。
「……何を勘違いしているのか知らないが、暴漢の襲撃に遭ったのはこの僕だ」
「え?」
「ほら、この間の」
殿下の言葉に、鳥頭のレティはポカンと口を開ける。数秒の間の後に、思い出したように目を輝かせた。
「ああ、あの時の暴漢ですわね。それはもう猛々しく、バッタバッタと薙ぎ倒した私の勇姿をご覧になられたでしょう!」
ちなみに、レティは猛々しくの意味がわかっていない。なんとなくかっこいいからで使っている。
”ある生徒が暴漢に襲われたらしい”。学園で囁かれていた噂はここまでだ。
実際のところ、これは殿下が継承権第一位であることが不都合な一部貴族たちが仕向けた事件であった。貴族社会は一枚岩ではなく、また悪意が蔓延っている。しかしこの件も、レティが隣にいたことによって解決した。
確かにレティは成績が悪い。魔法の授業でも先生から呆れられてばかりだ。
……が、弱いわけではなかった。ただただ、魔法理論を理解できず、出力が下手なだけだった。初級魔法や身体強化魔法を感覚で、膨大な魔力で使う人……つまり脳筋だった。
殿下を狙った暴漢は、レティの圧倒的物理技……暴力を前にボコボコにされ、命を狙ったことでなくレティの拳を汚したという理不尽な理由で殿下によって締め上げられた。
王家絡みであり現実離れした話に、噂は抽象的にならざるを得なかったのだ。
「え、あ……」
恋に盲目で、自分こそがアネットのヒーローだと思い込んでいた男子生徒は、とうとうその場にへたり込んだ。他の暴走していた数人も、一歩違えばそこにいるのは自分だったかもしれないと顔を青ざめさせる。
「レティが国母にふさわしくない……か」
殿下の冷ややかな視線は、最初から彼に向けられていた。
辺境の片田舎からやってきて、二学年から編入した男子生徒は、レティについてよく知らなかった。
「不敬にもほどがあるな」
より近く抱き寄せる殿下に、レティは嫌がる猫のように距離を取ろうとする。仲睦まじい姿を見せるのは未来の国母として義務ですが、さすがに距離が近すぎますわとか小声で抗議している。レティの小声は小声ではないが。
「……ダニエル・トミーヌ。君に降か」
「っ罰として、校庭百周ですわ!!」
殿下の処罰は、レティの明るい声によってかき消された。




