17. 中間テストという地獄
教室でレティが項垂れる。
中間テストの範囲がとうとう判明してしまったのだ。
普段から課題に苦しみ、それでも予習と復習をし、常にテストに備えているレティであったが、自分のおつむの出来ばかりは変えられない。というか、特殊すぎて勉強しても無意味なのだが、いつでも前向きなレティはそんなことを知る由もない。
「うう……私、みんなと卒業したいわ」
「……レ、レティ様、お気を確かに」
「私たちは最高学年、これを乗り越えればあと四回です」
「私と一緒にテスト勉強しましょう!」
「これが終われば葡萄祭り……楽しい民との交流ですよ」
数多の難題を努力、腕力、人脈でどうにかしてきたレティ。その腕力と人脈が突出しているがゆえに勉強だけができないだなんて、知り合いからすればお気の毒でしかない。たとえ焼け石に水であろうとも、親衛隊はレティのために労を厭わない覚悟だった。
皆の優しさと無力感でレティが半泣きになる。第二、三群の者たちがレティを慰めたくてそわそわし始めたところで、教室のドアが開いた。
「大丈夫だよ、レティ。僕が教えてあげるからね」
レティに麗しの微笑みを、親衛隊に一睨みを。レティは真顔になり、教室は凍てついた。魔法が使われたわけではない。それなのに第二、三群の者たちは氷像となった。レティ様親衛隊の群れは、能力や忠誠心、そして何より性別で分けられている。この基準は差別でもなんでもなく、単に殿下に殺される可能性があるかないかだ。
「遠慮しますわ。殿下ってばいつも教えてくださるとか言って引っ付いてくるんですもの」
国一番の天才である上に絶対に断らない殿下にお願いしない理由が、全て詰まっていた。親衛隊の彼らとは違い、殿下は無駄だとわかっていることはしない。勉強を教える名目で恋心をわからせようと画策し、レティの真面目さを前に撃沈しているのが常のことである。今だって、慰めているように見せかけて、レティを抱きしめている。レティは次期王妃としてそれを受け入れつつも、本当はウザがっているのが顔に出ていた。
「大丈夫、ちゃんと教えるよ」
「うーん……。では数学をお願いできますか?」
「もちろんだよ」
一番教えても仕方がない教科じゃないか、と殿下は内心で思っていたが、何も言わなかった。
そうして、本格的にレティの中間試験対策が始まった。
殿下が一番問題の数学を、ルネが魔法関連を、ロラが法律ときて、ヴァネッサは体術や剣技の筆記について。その他のすべてをアネットが担当した。
親衛隊員たちは、わかりやすく噛み砕いた公式や一問一答をレティが覚えやすいように叩き込む。レティの特殊な頭との本気勝負だ。
しかし一方殿下と言えば……
「そう、この問題が出たら、それを書くんだ」
「どうしてですの?」
「ん? レティが理解しやすい形にしているからだよ」
誰もいない図書室の端の席で隣に座り、後頭部にキスを落とす。レティの困り顔と来たら。それですら喜ぶ殿下は歪んで……いや人間として終わっている。
殿下はテストに出る問題を予想し、その答えを教えていた。教員は平均点の調整のために問題集から数問引き出してきて、出題の順番や数値だけを変える。本来は丸暗記など無意味なのだが、殿下にかかればその変えた数字ですら予想できるのであった。レティは勘でズルを疑いつつも、殿下にのらりくらりと交わされ、結局アネットに教わりに行っていた。話を聞いたアネットは殿下の予想が正確すぎてドン引きしていた。
やる気のある馬鹿というのは一番厄介なのだが、厄介だと思わせないのがレティだった。
「やったわ! オール赤点ギリギリセーフ!」
テスト返却の最終日、レティが拳を上げる。クラス中から拍手が贈られた。レティは親衛隊にお礼を言って抱きしめる。親衛隊は尊さに溶けた。
レティは留年の危機から解放され、スキップで地面をへこませながら家に帰った。
……が、その後嬉しさのままにシルと戯れている最中に力が余ってガゼボの柱を折り、レティのお小遣いはなくなった。




