16. 愉快なオベール一家
殿下はレティと一緒にいられず後処理の会議に出席することになったこともあり、非常に機嫌が悪かったが、その様子を見たレティの曲解により、
「殿下も親愛のキスが欲しいなら、素直に仰ってくださいまし」
と背伸びで頬にキスを落とされ、キスの嬉しさと親愛の悲しさで呆然としながら王宮へ帰っていった。もう学園の授業は終わっていたため、レティはシルと一緒に直帰し……。
そんなこんなで、物凄く広いオベール侯爵家に5mほどの犬小屋が建ったのは、レティがシルを連れ帰ってきた二時間後のことだった。
「こんなものだろう! ママの設計図通りにやったから間違いはないはずだ!」
「父様、その設計図とサイズが1mほど間違ってます」
「ん! 誤差だな!」
「母様に怒られても、僕は責任を持ちませんよ」
一仕事終えた父の隣で、次兄が呆れた顔をしている。
レティは分かりやすく父似だった。次兄は緑眼やしっかり者な性格、神官としての能力が母似だった。
「とったどーーー!」
そこにまたもや父似の長兄が明るく帰ってきて、次兄は額を押さえる。
シルにとって、レティの長兄こそが真の敵だったのだが……あふれんばかりの胸筋と明るさに、父狼が負けたのは仕方なかったのだと体を伏せた。野生の世界では弱肉強食である。シルの父が弱かったのではなく、長兄が強すぎただけなのだが。
「おっ、賢いなー!! 俺が狩ってきたやついっぱい食べて、大きくなれよ! んで一緒に鍛錬しようなー」
「ワウッ!」
大量の猪や熊を引っ提げた長兄がワシワシと撫でる。餌とご主人様の家族……強者を前に、シルはされるがままだ。
……その当のご主人様と言えば、玄関前で正座で叱られていた。
「レィちゃん! 学校を抜け出して会議に乗り込んではいけないといつも言っているでしょう! あと知らない人や生き物をむやみやたらに拾ってきてもいけません!」
「お、お母様……だって……」
「だっても明後日もありません! 学長先生から魔法通信が来たんですからね。今回は仕方ないけれど、次やらかしたらお小遣いはなしよ!」
「そんなぁ……」
戦時中に聖女とまで謳われた母は、本来穏やかな人だった。ブラウンの髪を下ろし、おっとりと微笑む人だった。が、子供を産んでからというもの、そういうわけにはいかなかった。髪をまとめ、時に叱り、この化け物たちを人として育てる義務があった。
「もう……。さ、私たちも晩御飯にしましょう。そしてあなた、1mは誤差じゃないわ」
「なっ、もうバレた!」
シルは長兄の「よし」の合図でエサを食べ始め、一家は屋敷の中……食堂へ入っていく。
大量の食事が乗せられたダイニングテーブルに一家全員が座ると、それはもう壮観だ。筋肉モリモリで眉目秀麗な男共と美形な聖女と神官とレティが並んでいるのだ。あまりに眩しいため、使用人は皆色付き眼鏡を着用している。
「お父様、この間の刺客はどうなったの? 強くなったかしら?」
「ああ、彼か! 母国で教えられていた暗殺術は偽装魔法に頼ってばかりでダメダメだったが、素質はある。筋肉から鍛えなおして、諜報部に渡したよ」
「俺たちも夕食を終えたら風呂に入る前に軽く模擬戦でもするか!」
「ええお兄様! 私はもっと強くならなければいけないわ!」
フルコースではなく、ビュッフェスタイルのはずの料理がもう半分以上なくなっている。母と次兄はこの様子を見るたびに、英雄の遺伝子の強さを感じていた。
「……そうではなくてですね。彼はやはりカピティア……隣国の雇った刺客でした。近々また何かあるかもしれません。レティシア、注意なさい」
「ラファエルの言う通りよ。それに、そろそろ中間テストでしょう。勉強しなさい」
次兄と母の視線から、レティは全力で目を逸らした。逸らしていながらも、誰よりも真面目に勉強しているのだが、やはり苦手なものは苦手なのだ。




