13. 狼は犬じゃない
ある日の三限目、殿下は緊急招集された。
殿下は卒業単位分しか学園の授業を受けておらず、それもテストを受ければよいのがほとんどであり教室にはほとんどいない。生徒会室で学園の監視水晶玉を職権乱用し、レティの授業風景を見ているのが日々の事だ。無論、今日もそうだった。
「緊急招集か……」
まだ学生である殿下の意見を聞かなければならない、つまり国にとってかなり厄介な事件が起きているということだった。殿下がしぶしぶ席を立つと……監視水晶玉越しに、レティと目が合った。
『レティ様?』
『いえ、ただ視線を……感じたの』
レティや一般生徒は、監視水晶玉の場所を知らない。なのに、レティは野生の勘で当てた。殿下は普段向けられない少し鋭い眼光にきゅんとしながらも、なんだか嫌な予感がした。
誰にも気づかれないままに王宮の会議室へ向かうと、重厚感のある扉の先に国王陛下、王妃殿下、宰相ならびに各大臣が勢ぞろいしていた。
国王陛下に促され、殿下は定位置に座り、なぜ集められたのか説明される。
「北の山脈から銀狼の群れが我が国へ向かってきていることが確認された」
セリタス王国は内陸の国である。南に五十年戦争の相手である隣国カピティアがあり、北の山脈には少数民族国家が存在する。北の山脈には多くの魔物が生息しており、魔物と共存している北とはかつてよく対立していた。しかし五十年戦争の前に不可侵条約を結び、それ以来良好な関係を築いてきたはずだった。
「北が不可侵を破ったのだろうか」
大臣の一言を皮切りに、会議室がざわめく。銀狼は、少数民族の中で神聖視されている魔物……国獣であり、より強い共存関係にあったはずだった。
喧騒の中で殿下は考える。こちらの国境を超えるまでに特上級兵を派遣し、武力で討伐するべきか否か。殿下の中で、一つの結論が出た時だった。
「お待ちくださいまし!」
重いはずの扉が、反動が起きるほど粗雑に開けられる。
そのハリのある声に、殿下はやはりと項垂れ、英雄は顔を輝かせた。
「レティ……」
「ああ可愛いレィちゃん、どうしたんだい!?」
「レティシア嬢!」
あの目が合った時に、レティはすべて予感していたのだ。
基本的に、緊急会議にレティは呼ばれない。未来の国母とはいえ、ただの侯爵令嬢を呼ぶ理由はないからだ。……しかし、重要度が高い時に限って、こういうことはままある。その上、大抵一件落着となる。言うなれば勝利フラグだった。
「群れ……? そんなに多くの犬を、どうやって飼い慣らしたのかしら。ブリーダーの技術が凄いわ」
話を聞いたレティが首を傾げる。そこで皆はハッとした。銀狼は人に懐かない。つまり、北が仕掛けてきたわけではないのだ。そんなことは最初からわかっていた殿下は、静かにレティに訂正する。
「レティ、犬じゃなくて銀狼だよ」
「犬じゃない? 銀狼ってこの間お兄様が討伐してきたものですわよね! あれは大きかったわ!」
つい先日、騎士団長……英雄の血を引くレティの兄が出るほどの大規模な討伐があった。国境付近は魔物が溜まるため、定期的に辺境伯と騎士団が合同で処理している。その中に銀狼がいることは稀じゃない。とはいえ、国境付近まで降りてくるものは群れから追放された個体であり、大きくはなかったはずだ。
「「まさか……」」
もし群れに何かがあって、討伐した銀狼が群れのボスだったとしたら。本来倒せないほどの強さであるそれを、英雄の息子が軽々と倒してしまっていたら。全てに辻褄が合う。
そのことに気づいたとき、レティはすでに会議室にはいなかった。十中八九、国境付近まで行ってしまった。こうなることが予想できていたから、殿下は項垂れていたのだ。
「……万が一レティが傷つきでもしたら、これを理由に北を潰そう」
殿下が席を立つ。本当に小さな呟きだったが、会議室は戦慄した。
この男ならやりかねない、というのが皆の頭に浮かんでいた。それもたった少しの兵力で、なんなら単身で、多くの利益を引っ提げて。何も知らない民は喜び、想像できる他国は黙るしかないような方法で。
「さ、さすがにそれは非道すぎるぞ」
王妃殿下に肘につつかれ、一応父である国王陛下が声を震わせながら諫める。
「父上、歴史は勝者が作るものです」
しかし、殿下は優雅にこう言い残し、レティを追いかけていった。
残された者たちはレティの善性と強さに祈った。脳筋であり親バカな英雄は娘が活躍するのをわくわくしていた。




