11. やっぱり君に片想い
「……これ、死んでますの?」
「気を失っているくらいかな」
「まぁ大変! 叩けば起きるかしら!?」
「起きると思うよ、粉砕骨折くらいしていそうだから」
「よくわかりませんけれど、叩いてはいけないことはわかりましたわ」
殿下は美麗に微笑んだ。
負けたように見えるが実際のところ、喧嘩に持ち込めた時点で殿下の勝ちだった。毎年の目玉を見せることで生徒会への抗議を、伯爵に救いの機会をなくす。普段のレティはこんなに乗せられてくれないが、今日はかなり怒っていて、いつもより頭が回っていなかった。
『レティ様、彼は現行犯ですので、このまま枷を付けて拘置所に入れられます。裁判の日程を決め、子爵家や令嬢、学園側も踏まえて一度話し合いをすべきかと』
「ロラ! わかったわ」
そんなこともつゆ知らず迷っているレティに、ロラが助言し、事は収束へと向かっていく。こんなことに巻き込まれてすぐに帰ろうとしていた者たちも、先ほどの喧嘩に魅入られて、または腰を抜かして、その場に座ったまま。
体制を整えている間にレティはブランケットと温かい飲み物を持って、子爵令嬢の元……保健室へと向かう。
「……そんな、救っていただいたのに」
ベッド脇の椅子に腰掛け、真剣な表情で謝罪するレティに、子爵令嬢は顔を横に振る。
たった数秒であり、あの場にレティがいなければこんなにも早く殿下に助けてもらえなかっただろうと、誰よりも理解していたのだ。
「いいえ、私は貴女を救えなかった。悪しき者から貴女を守れなかった。あの場で直接謝らせることもできなかった。ごめんなさい」
レティはそんなことはわからない。自分がもっと魔法が上手ければ、と自分を責め、きっとより鍛錬に励むだろう。しかし、子爵令嬢は、全校生徒は知っていた。そもそも、魔法に優れている者は体術が、体術に優れている者は魔法が不得意なのだと。両方できるというのは、体を二つ分動かすことに等しく、偏らない方が異端だ。その上、レティはどちらも強大な力すぎて、制御しきれない。
「実は、伯爵家からはずっと政略結婚の話が来ていて……おかしいと思うべきでした。私こそ、楽しい体育祭をめちゃくちゃにしてしまって、申し訳ないです……」
「何を言っているの! 貴方は悪くないわ! それに、体育祭は今からだって楽しめる」
レティの紅い瞳に、嘘はない。
「私の婚約者様や友人はね、とっても凄い人たちなのよ! それは、貴女もなの」
金糸を揺らして、満面の笑みで、誇らしそうに。口元の八重歯はチャーミングだった。
「はい。……私、あの伯爵が吹っ飛ばされた時、とてもすっきりしました。だから、ありがとうございます」
常人はそんなに早く切り替えられない、があまりにもレティが元通りな上に殿下やアネットによる完璧なプログラム調整に、一時間もすれば皆、事件の事など忘れていた。
「借り物競争……今年からの新しい種目なようね」
ちなみにこの借り物競争、出場できると思っていた頃に殿下がごり押して通った種目だった。本来なら、好きな人というお題でレティをゴールまで連れていく予定だった。そのお題はそのまま残っており……一般男子生徒による一般女子生徒への大告白により、大いに盛り上がった。彼らは幼馴染で、もだもだした空気だった。
「とっても素敵だったわ!」
「もし僕がそのお題だったら、君を連れて行っていたよ」
次のパフォーマンス部門の演目中、思い出すように言うレティの耳元で、殿下が囁く。
「……そうでなければ困りますわ。だって、殿下は未来の国王で、私は国母なのですから。民に見せつけなければ!」
レティはきょとんと目を丸くし、残酷なまでに明るくそう返した。殿下はまた撃沈した。
無事に体育祭は終わり、学園はしばらくの間楽しい余韻に包まれていた。
伯爵家は取り潰され、領地や領民は国に返された。そして、伯爵が謎の獄中死を遂げたことを、レティは知らない。
*
「レティに汚いものを見せる必要はない。レティを穢すのは、僕が許さない」




