10. 未来の夫婦喧嘩
有能な者たちによって、術者はすぐに見つかった。ルネが魔法痕から同じ魔力の者を探し当て、ヴァネッサが捕まえ、殿下が尋問する。
一般生徒は観覧席に戻り、だだっ広い競技場の真ん中では首謀者たちが地に膝をつけさせられていた。
……その前で仁王立ちをしているのが、レティだ。
「水産事業で市場占有率首位の子爵家を蹴落としたく、子爵令嬢である彼女を傷つけ、学園と家の間で争わせ混乱を引き起こすつもりだった……と」
殿下は聞き出した内容を本人たちの前でレティに伝える。市場占有率やら難しいことはレティにはわからない。きっと、後でアネットやロラが解説してくれるだろう。レティに分かったのは、自分の私利私欲のために、関係のない学生たちを巻き込んだということだった。
レティはしゃがみ、首謀者である伯爵の目をのぞき込む。その瞳に、普段の天真爛漫な光は宿っていない。
「……貴方は、何がしたかったの?」
「は?」
「そんな方法で一位になって、何を手に入れたかったの?」
レティは尋ねる。
そんなものは、金、名誉、地位でしかない。
恐ろしさに忘れていたが、レティは人情深く、言うなれば甘いことを伯爵は思い出した。
「……りょ、領民の豊かな生活です! レティシア様、どうか、どうかお慈悲を」
伯爵は土下座するかのように地面に手も付け……。
「嘘で頭を下げないでちょうだい」
────大地をえぐった。
謝り許されたところで、殿下による調査が入る。余罪はたっぷりで、逃げられる気もしない。死なばもろともということだろうか。
「卑怯な真似を……」
しかし、ここには罪人と殿下しかいない。レティは思う存分に暴れることができる。大地をえぐったとて、レティにとっては土遊び程度だ。その上、隣には殿下がいる。殿下の魔防壁によって、レティには土埃すらついていない。
レティが伯爵を捕まえようとしたところで、殿下が先に掠め取った。
「殿下、邪魔しないでくださいまし!」
「いいや、レティ。こいつらは君を傷つけ、心中しようとした。君と心中していいのは僕だけだというのに」
「しんじゅう?……は、よくわかりませんけれども、私は皆を軽んじたことを怒っているのですわ!」
砂埃が止み、殿下とレティは向かい合う。場違いにもかかわらず、観客席は一気に沸いた。
「僕も、こいつらに怒っているんだ。僕が手を下したい」
「……嫌だと言いましたら?」
「嫌だと言われても」
魔力がバチバチとぶつかり合い、殿下が伯爵を宙に放り投げたところで、二人のゴングは鳴った。
衝撃波によって、伯爵が吹っ飛ぶ。レティの出した炎を、殿下の出した氷の壁が受け止め水蒸気が立ち込める。レティが伯爵を拾いに行こうとも、殿下が行かせない。
「どうしてそんなに強情なのです!」
「レティだと許してしまうだろう?」
「許せるときに、許しているだけです! それに今回は私が決めることではありませんわ!」
殿下は蒸気の水分を利用し、レティの足元を氷で固めるが、圧倒的暴力によってすぐに割られてしまう。レティが無意識で身体強化魔法をかけた拳を、殿下は首を傾げるだけで避ける。殿下は殿下で、動体視力を強化したのだろう。
「レティが許せても、僕が許せないんだよ」
「殿下は関係ないでしょう!? 民が許せるのなら、それでいいのでは!?」
「君が関わっている時点で、婚約者の僕にだって関係があるんだよ」
攻撃のレティ、守りの殿下。国民最優先な未来の国母のレティ、レティ最優先な片想いの殿下。
喧嘩も話も平行線である。
「んもう!」
レティはただ、怒って地団駄を踏んだだけだった。
爆風が殿下を襲う。もちろん飛ばされることなどないが、どうでもいい存在である伯爵を、うっかり忘れていた。
「あ」
「やりましたわ!」
結果として、レティが伯爵を手に入れた。
……化け物たちの喧嘩に巻き込まれた伯爵は、魂が抜けていた。




