花火
君のポニーテールが夜風に揺れていて空に咲いた花火よりもその横顔に夢中になっていた。
人のざわめき、夜店の灯り、金魚すくいの赤が揺れている。屋台の焼きそばを片手に歩く彼女の後ろ姿は、今日に限っていつもより遠く見えた。
黒のスカートが風にそよぎ、揺れたポニーテールが月明かりを跳ね返す。
「なに?」
振り返った顔が近くて、僕は慌てて視線をそらした。
「いや……似合ってる、って思って」
「そりゃもちろん私だから?」
ちょっと意地悪そうに笑って、彼女はビールの缶をを渡してきた。
誰かの笑い声と、歌を歌う声。人の声と匂いが僕を纏う。ああ、夏祭りってこんなだったな。
小さな頃、わたあめが買えなくて泣いたことを思い出す。
でも今、隣にいるのは、泣き虫の僕をからかう女の子じゃない。あの頃より少し背が伸びて、髪を結ぶようになって、言葉を選んで話すようになった。
愛してるとも、好きとも言わない彼女。
けれど、隣に立って、手をつなぐだけで、全部伝わってしまうのが不思議だった。
「ねえ、こっち座ろう」
彼女が指さしたのは、堤防の上の石段。
周りにはもう、同じように場所取りをしている人たちがいて、浴衣の人もいれば、普段着のままの人もいた。
「腰痛い?」
「……ちょっとだけ」
「じゃあこれ」
そう言って、彼女は自分のタオルを石の上に敷いた。
そういうところだけ、優しい。
いや、きっとずっと優しかったのかもしれない。
僕が気づかなかっただけで。
音よりも先に花が咲いて一発目の花火が夜を割った。
空が、音の震えとともに赤くひらく。
歓声があがる。誰かが「きれい」と言った。
けれど、僕は彼女の横顔を見ていた。
夜風に揺れるポニーテールと、線で描いたようなまつげの影。
唇に触れた光がゆらいで、息をのんだ。
二人並んで空を見上げるだけで、言葉は必要なかった。
いくつも、いくつも、空に咲いては散っていく花火。
夏の終わりなのか、始まりなのかそれを告げるように燃える色で。きっとこの瞬間ごと、僕たちは包まれていたんだと思う。
やがて音はやみ、光は空から消えて、
ざわめきがまた、現実の輪郭を戻していく。
僕たちは言葉少なに立ち上がり、川沿いの道を歩いた。
そのとき、彼女がふと言葉にした。
小さな声だった。
風にさらわれそうで、聞き逃さないように、僕は彼女の横顔を見た。
「君と花火見れてよかったよ。
来年も一緒に見ようね」
それだけだった。
それだけなのに、僕の胸の奥がじんわりと熱くなった。純粋無垢なその匂いの言葉は僕を抱きしめた。
その一言に込められた、たくさんの想いが、ちゃんとわかった。
「……うん」
頬が熱くなるのを隠すように、僕はビールのせいにした。
「少し飲みすぎたかも」
「ふふ、面白い冗談だね」
彼女が笑った。
その笑顔に、僕はまた、言葉を失う。
指先がふれあい手を繋ぐ。それでも素直な彼女はやはり、空に光る花火よりも遠い気がした。
あの言葉の匂いも光も、揺れるポニーテールも、遠い存在のままで。
そう心で願うのは、ただ来年も君と
ただそれだけだった。