第40話 新学期と、気まぐれ顧問と、甘い香りの忘れ物
長かったようで短かった夏休みが終わり今日から二学期が始まった。
始業式の気だるい校長の話を聞き流し久しぶりの授業に頭を悩ませ、ようやくたどり着いた放課後。
俺は少しだけ弾むような気持ちで旧校舎へと向かっていた。
理由は単純だ。
夏休み中に提出した活動計画書が無事受理され今日正式にお悩み相談部の部室の鍵が俺の手に戻ってきたのだ。
顧問の物部先生のハンコが押された真新しい活動許可証と共に。
久しぶりに自分の鍵で開ける部室のドアはなんだか少しだけ重々しく感じられた。
中に入ると夏休みの間に溜まったらしいわずかな埃っぽさと、それでもどこか懐かしい匂いがした。
窓を開け放つとまだ暑さの残るしかしどこか秋の気配を孕んだ風が吹き抜けていく。
「わあ! やっぱりここが一番落ち着きますね!」
少し遅れてやってきた陽奈が嬉しそうに声を上げた。
栞も静かに周囲を見渡しどこか安堵したような表情を浮かべている。
玲奈先輩は「ふん相変わらずねこの部屋は」と言いながらもその口元は緩んでいた。
俺たちは夏休み前に持ち込んだ私物などを片付けたり軽く掃除をしたりして久しぶりの「自分たちの場所」の空気を味わっていた。
これからまたここで色々なことが起こるのだろうか。
そんなことを考えていると。
「やっほー。ちゃんとやってるー?」
ひょっこりとけだるそうな声と共に物部先生が部室に顔を出した。
相変わらずの白衣姿で手には飲みかけの缶コーヒーを持っている。
「あ、物部先生! こんにちは!」
陽奈が元気よく挨拶する。
「んー。まあほどほどにねー。あんまり面倒事起こさないでよー。私責任取るの嫌だから」
物部先生はそれだけ言うとふらりと部室を出て行こうとした。
「あ、先生! 何かアドバイスとか」
俺が慌てて呼び止めると彼女は少しだけ振り返りにっこり(?)と微笑んだ。
「アドバイス? そうねぇ。まあ悩むのも青春ってことで。じゃそういうことでよろしくー」
ひらひらと手を振り今度こそ本当に去っていった。
俺たちは顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。
その後陽奈たちは先に帰り俺は一人部室に残って最後の戸締まりと簡単な整理をしていた。
夕日が差し込み室内の埃がキラキラと光って見える。
長机の上を布巾で拭いているとふと机の隅にいくつかの小さな物がまるで誰かが意図的に並べたかのように置かれているのに気がついた。
「ん?」
手に取ってみるとそれは紫色のスミレの押し花が挟まれた栞の手作りの栞。
そしてピンク色の可愛らしい動物の飾りがついた陽奈のヘアゴム。
さらに上質なレースの縁取りが施されたシルクのハンカチ。隅には「R.H」のイニシャル。これは玲奈先輩のものだろう。
三人の忘れ物がなぜかここに揃っている。
俺は首を傾げた。
いつの間にこんなところに?
夏休み前に俺がまとめて置いておいたのだろうか。いや記憶にない。
その時手のひらに乗せた三つの忘れ物からふわりと甘い香りが漂ってきたのに気づいた。
フローラル系の優しい香りだ。
以前栞の栞を拾った時にも感じた気がする。
あるいは玲奈先輩が近くにいた時にふと感じた香りに似ているような。
陽奈が使っているシャンプーか何かの香りとも違うだろうか?
「確かこの香りは」
俺は記憶の糸をたぐり寄せようとした。
誰かの特定の持ち物から香ったのか。それとも誰か自身から香っていたのか。
思い出せそうで思い出せない。
いくつかの顔が頭に浮かぶがどれも確信には至らなかった。
結局香りの主も忘れ物がここに集まっていた理由も分からないままだった。
俺はため息をつき三つの忘れ物をとりあえず机の上にまとめて置いておくことにした。
明日誰かに会った時に直接聞いてみるしかないだろう。
また何か面倒な勘違いが生まれなければいいのだが。
俺は部室の窓を閉め鍵をかける。
カチャリという音が夕暮れの静かな廊下に響いた。
新学期が始まり俺たちの相談部は一応の形を取り戻した。
そして相変わらず俺の周りにはたくさんの謎と勘違いの種が転がっているらしい。
この先一体どんな日々が待っているのだろうか。
俺はそんなことを考えながら夕焼けに染まる校舎を後にした。
秋の風が少しだけ頬を撫でていった。
~第一部 完~
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