第36話 難航する顧問探しと切り札
夏休みももう残り一週間を切ろうとしていた。
あれだけ騒がしかった蝉の声も心なしか勢いが弱まり、朝晩の風にはほんのりと秋の気配が感じられるようになってきた。
しかし俺たちお悩み相談部(仮)のメンバーの心は晴れないままだった。
活動停止命令は解除されたものの学校側から提示された「顧問を立てること」という条件が重くのしかかっていたのだ。
部室の鍵も顧問が決まり正式な活動計画書が承認されるまでは返却されない。
俺たちは夏休み中もファミレスや図書館の隅で顔を合わせどうしたものかと頭を悩ませていた。
「やっぱり、なかなか難しいですね……」
陽奈がため息混じりに言った。
彼女は持ち前の明るさで何人かの比較的若い先生に声をかけてみたらしいが結果は芳しくなかったようだ。
「非公認の活動ですし責任もって言われちゃって」
「当然よ。教師だって面倒事は避けたいものでしょうから」
玲奈先輩が腕を組んで冷ややかに言う。彼女も何人かの教師に探りを入れたようだが色よい返事は得られていないらしい。
「それに私たちの活動内容を詳しく説明しようとするとどうしても今回の噂の件にも触れざるを得ない。そうなると余計に警戒されてしまうわ」
栞も黙って首を横に振った。彼女は主に図書室の司書の先生など比較的理解がありそうな人に相談してみたようだがやはり「力になれなくて申し訳ない」と断られたという。
俺も何人かの顔見知りの先生にそれとなく打診してみた。
しかし結果は同じだった。
非公認のしかも生徒のデリケートな悩みを扱う可能性のある活動の顧問など誰も進んで引き受けてはくれない。
このままでは新学期が始まっても俺たちの居場所はなくなってしまうかもしれない。
そんな焦りがじわじわと胸の中に広がっていた。
「……やっぱり俺が拓也にもう一度ちゃんと頼んでみるよ」
俺は意を決して言った。
先日の事件では彼も陰ながら協力してくれた。生徒会のルートで何か良い情報を持っているかもしれない。
その日の午後俺は拓也を校内の隅に呼び出し改めて相談部の窮状を訴えた。
「……そういうわけなんだ。なんとか顧問になってくれそうな先生心当たりないか?」
俺の切実な訴えに拓也は腕を組みうーんと唸った。
「まあお前らが大変なのは分かるけどよぉ。正直厳しいぞ。生徒会としても今回の件は問題視されてたしそんな活動の顧問を積極的に引き受けてくれる先生なんて」
拓也は言葉を濁した。
やはり状況は厳しいらしい。
「そこをなんとか!」
俺は思わず拓也の肩を掴んでいた。
「わ、分かった分かったから!」
拓也は俺の手を振り払いながら少し考え込むような表情を見せた。
そして何かを思い出したようにポンと手を打った。
「……あーでも一人だけ……。いやでもあの人は」
拓也は何かを言い淀んでいる。
「誰なんだよ! 可能性があるなら教えてくれ!」
俺が食い下がると拓也はやれやれといった感じで肩を竦めた。
「実はな俺の従姉がうちの学校で国語教えてるんだけどさ」
「え? 従姉?」
初耳だった。拓也に教師の親戚がいたなんて。
「ああ。物部 静香っていうんだけど。知ってるか? 校内でもちょっとした有名人だぞ。色んな意味で」
物部先生……。名前は聞いたことがあったような気がする。
確かいつもけだるそうで授業中もどこか上の空。生徒からの人気はまあそこそこあるらしいがどちらかというと「変わり者」として認識されている先生だ。
20代後半くらいで美人ではあるけれどどこか影があるというか掴みどころがないというか。
「あの物部先生が顧問を……?」
俺は正直想像もつかなかった。
あの人が面倒事を引き受けるとは思えない。
「だろう? 俺も普通なら頼もうなんて思わねえよ。あの人超絶面倒くさがりだし自分のこと以外には基本無関心だからな」
拓也は苦笑いを浮かべた。
「でもな。あの人昔から俺の無茶な頼みごとはなんだかんだで聞いてくれるところがあってさ。まあ色々貸し借りもあるしな」
最後の方は少し声が小さくなった。従姉弟の間にも色々あるらしい。
「だからダメ元で俺が頼み込んでみるわ。ただし期待はするなよ? あの人がうんって言う確率は宝くじに当たるより低いかもしれん」
拓也はそう言ってニヤリと笑った。
その顔は悪戯を企んでいる子供のようでもあり少しだけ頼もしくも見えた。
物部先生……。
俺たちの最後の希望になるのだろうか。
それともただの徒労に終わるのか。
夏休みも残りわずか。
俺たちの顧問探しは意外な方向に一筋の光明(?)を見出したのかもしれない。
いややっぱり期待しない方がいいのかもしれないな。
俺は拓也の言葉に一縷の望みを託しつつも最悪の事態も覚悟するのだった。




