第34話 祭囃子の誘いと、それぞれの浴衣算段
相談部の活動停止命令が解除されてから数日。
俺たちの間には大きな事件を一緒に乗り越えたことによる確かな一体感のようなものが生まれていた。
とはいえ根本的な関係性が劇的に変わったわけでもなく、相変わらず玲奈先輩は尊大だし栞は無口、陽奈は元気いっぱいで俺はその間でため息をついている。
ただ以前よりも部室での会話が少しだけ増えたような気がした。
そしてお互いの間にあった見えない壁がほんの少しだけ低くなったようにも感じられた。
部室の鍵はまだ職員室預かりのままで顧問探しも難航しているが、それでも俺たちは放課後や夏休みの空いた時間に自然と顔を合わせるようになっていた。
夏休みももう残り一週間を切っていた。
相変わらず日中は猛暑が続くものの朝晩の風にはどことなく秋の気配が混じり始めている。
宿題はまあなんとか終わりそうだ。
そんなある日の午後。
俺たちは夏休み中の補習や部活動で登校している生徒たちが利用する新校舎の隅にあるラウンジのテーブルで、涼を取りながら他愛ない話をしていた。
冷房が効いていて旧校舎のあの部室よりはずっと快適だ。
ただなんとなく落ち着かないのはやはり「自分たちの場所」ではないからだろうか。
「よお、お前ら。なんか、すっかり平和ボケしてるじゃねえか」
そこへひょっこりと顔を出したのは友人高坂 拓也だった。
彼は生徒会の仕事か何かで校内を回っていたらしい。
先日の事件では陰ながら協力してくれた彼に俺たちは改めて礼を言った。
「まあお前らが無実の罪を着せられなくて何よりだよ。俺も生徒会役員として変な噂が立ってるのは見過ごせなかったからな」
拓也は少し照れくさそうに頭を掻いた。
そして何かを思い出したようにパンと手を叩く。
「そうだ。お前ら今週末の予定は?」
「今週末? 別にこれといって何も」
俺が答えると陽奈も「私もです!」と続いた。栞は黙って首を横に振る。
「じゃあちょうどいい。駅前の神社で結構大きめの夏祭りがあるんだけど行ってみねえか? まあ事件解決のお疲れ様会みたいなもんだよ」
拓也の提案に最初に反応したのは陽奈だった。
「夏祭り! 行きたいです! みんなで行きましょうよ先輩!」
目をキラキラさせて陽奈は俺と玲奈先輩そして栞の顔を交互に見る。
その勢いはもはや誰にも止められそうにない。
「夏祭りねぇ。子供っぽいわね」
玲奈先輩はふんと鼻を鳴らしたがその口元はどこか楽しそうだ。
まんざらでもないといったところか。
栞は少しだけ視線を泳がせた後小さな声で言った。
「私は別に」
いつものように消極的な返事だがその瞳の奥にはほんの少しだけ揺らぎが見えるような気がした。
「ほら先輩も栞先輩も行きましょうよー! きっと楽しいですよ! 私浴衣着ていきたいなぁ!」
陽奈はもうすっかり行く気満々で浴衣の話題まで持ち出している。
「浴衣ですって? まあたまには悪くないかもしれないわね。ただし安っぽい既製品じゃなくてちゃんとしたものを用意しないと私の隣は歩かせないわよ?」
玲奈先輩が上から目線で陽奈に言う。
これは彼女なりの参加表明だろう。
「えへへ頑張ります!」
陽奈は嬉しそうだ。
俺はというと。
「まあたまにはいいか。気分転換にもなるだろうし」
正直人混みは苦手だが事件解決に向けて奔走したここ最近の疲れを癒すにはちょうどいいのかもしれない。
それにこのメンバーで祭りに行くというのもなんだか不思議な感じがして少しだけ興味が湧いた。
「水澄くんももちろん来るんでしょう?」
玲奈先輩が確認するように俺を見る。
「ええまあ」
「そう。なら仕方ないから私も付き合ってあげてもいいわ」
素直じゃない先輩だ。
問題は栞だ。
彼女は黙って三人のやり取りを聞いていたが陽奈が「栞先輩も浴衣着ましょうよ!」と声をかけると少しだけ困ったような顔をした。
「浴衣持ってない」
「えー! じゃあ私が貸しましょうか? お姉ちゃんのが何着か」
「いい」
栞は静かに首を振った。
「でも夏祭りは行ってもいいかもしれない」
ぽつりと呟かれた言葉。
陽奈と玲奈先輩そして俺も少し驚いて栞を見た。
彼女が自分から「行ってもいい」と言うなんて珍しい。
「本当ですか栞先輩! 嬉しいです!」
陽奈が栞の手に飛びつかんばかりの勢いだ。
栞は少しだけ照れたように視線を逸らした。
こうして俺たちの夏休み最後のイベントが急遽決定した。
日程と待ち合わせ場所だけを決めその日は解散となった。
ラウンジを出て夕暮れの道を一人歩きながら俺は少しだけ胸が高鳴っているのを感じていた。
夏祭り。浴衣。そしてこの不思議なメンバーたち。
一体どんな一日になるのだろうか。
面倒なことに巻き込まれなければいいのだが……。
そんな俺の心配をよそに遠くの空には一番星がキラリと輝き始めていた。
夏の終わりがすぐそこまで近づいてきている。