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第32話 集められた欠片と、紡がれる言葉と、反撃の狼煙

 数日間にわたる懸命な情報収集の結果、俺たちの手元には今回の騒動に関する様々な情報が集まっていた。


 噂の具体的な内容、それがどのように広まっていったかの経路、そしておそらくその発端となったであろう出来事に関する推測。

 断片的ではあるがパズルのピースは少しずつ揃いつつあった。


 夏休み中盤の午後、俺たちは図書館の小さな会議室に集まっていた。

 ファミレスでは落ち着いて話せないと玲奈先輩が手配してくれた場所だ。

 テーブルの上には栞がまとめた情報が整然と並べられている。


「……やはりあの時の恋愛相談がきっかけで、逆恨みした誰かが意図的に悪い噂を流していると考えるのが自然かしらね」


 玲奈先輩が腕を組み、テーブルの上の資料に目を落としながら言った。

 栞は静かに頷いた。


「……SNSの匿名アカウントの書き込みパターンと噂が広がり始めた時期、そして相談内容の秘匿性を考えると、その可能性が高い。ただ直接的な証拠がないのが現状」

「うぅ……ひどいです……。そんな理由で相談部を悪者にするなんて……」


 陽奈が悔しそうに唇を噛む。

 彼女の集めてきた情報の中には心無い噂を鵜呑みにしている生徒たちの声も含まれていた。


「問題はこれをどうやって学校側に説明し、私たちの潔白を証明するかね」


 玲奈先輩が言った。


「ただ『私たちはやっていません』と主張したところで一度広まった噂を覆すのは難しいわ」

「確かに。何か客観的な証拠というか、説得力のある資料が必要だよな」


 俺も同意する。感情的に訴えるだけでは状況は変わらないだろう。


「そこで提案があるのだけれど」


 玲奈先輩が俺たちを見回して言った。


「まず栞さんには集めた情報と分析結果を基に、事の経緯と噂の矛盾点をまとめた報告書を作成してもらいたいの。客観的な事実を淡々と述べる形で」

「……分かった」


 栞は短く答えた。彼女の得意分野だろう。


「陽奈さん」


 玲奈先輩は次に陽奈に視線を移す。


「あなたはこれまで相談に来た人たちの中でもし可能なら、私たちの活動が役に立ったと感じてくれた人に簡単な感謝のメッセージや相談部に対するコメントを書いてもらえないかしら。もちろん無理強いはできないけれど。匿名でも構わないわ」

「え……? 私ですか?」


 陽奈は少し驚いた顔をしたがすぐに力強く頷いた。


「はい! やってみます! きっと相談して良かったって思ってくれてる人もいるはずですから!」


 彼女の純粋な想いが状況を打開する鍵になるかもしれない。


「そして水澄くん」


 最後に玲奈先輩は俺を見た。


「あなたにはそれら全体のまとめと私たちの活動の理念というか、どういう想いで相談に乗っているのかという部分を文章にしてもらいたいの。あなたのあの妙に人の心に寄り添う言葉でね」


 少しだけからかうような口調だったがその目には信頼の色が浮かんでいるように見えた。


「俺が……?」


 そんな大役、俺に務まるだろうか。


「他に誰がいるというの? 一応部長なんでしょう?」


 玲奈先輩はふんと鼻を鳴らした。


 こうして俺たちの反撃の準備が始まった。

 図書館の静かな会議室であるいはそれぞれの家で、資料作成と作戦会議が続く。


 栞は膨大な情報の中から必要なものを抜き出し、論理的で簡潔な報告書を書き上げていく。その集中力は普段の読書以上かもしれない。


 陽奈は勇気を出して以前相談に乗った生徒たちに連絡を取り始めた。最初は断られることもあったが彼女の真摯な態度に心を動かされ協力してくれる人が少しずつ現れ始めた。

「相談部があって良かった」「話を聞いてもらえて救われた」という手書きのメッセージが彼女の元に集まってくる。


 玲奈先輩は全体の構成をチェックし表現の一つ一つにまで鋭い指摘を入れる。そのリーダーシップは時に厳しくもあるが的確で頼りになった。


 そして俺はメンバーたちの想いを繋ぎ合わせるように相談部の活動理念や俺たちが大切にしていることを拙いながらも言葉にしていった。


 もちろん意見がぶつかることもあった。

 玲奈先輩の強気な表現に栞が静かに異を唱えたり。

 陽奈の感情的な訴えに玲奈先輩が「もっと冷静に」と釘を刺したり。

 それでも俺たちは話し合い互いの意見を尊重し一つの目標に向かって協力していった。

 それは今までの相談部にはなかった確かな一体感だった。


 数日が過ぎ俺たちの手元には一冊のファイルが出来上がっていた。

 栞の冷静な報告書。

 陽奈が集めた温かい感謝の言葉たち。

 そして俺が綴った相談部への想い。

 それが俺たちの「武器」だった。


「……これで本当に大丈夫でしょうか……」


 完成したファイルを前に陽奈が不安そうに呟く。


「やるだけのことはやったわ」


 玲奈先輩がきっぱりと言った。その表情には自信が漲っている。


 栞も静かに頷いた。


「……あとは私たちの言葉を信じてもらうだけ」


 俺も同じ気持ちだった。

 これが俺たちの精一杯の誠意だ。


 あとはこれを学校側に示し誤解を解き、そして俺たちの場所を取り戻すだけだ。

 夏の太陽が窓から差し込み完成したファイルを白く照らしていた。

 反撃の狼煙は今上がろうとしていた。

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