第31話 夏の探偵団と、集め始めた欠片
ファミレスで話し合った翌日から、俺たちお悩み相談部(仮)の、名誉回復と活動再開に向けた極秘作戦が開始された。
夏休みだというのに、俺たちはまるで探偵団か何かのように、それぞれの持ち場で情報収集に奔走することになったのだ。
主な活動場所は、依然として学校とその周辺。補習や部活動で登校してくる生徒たちの中に、噂の火種や、それを広めている人物がいる可能性が高いからだ。
同じくファミレスで行われた作戦会議の結果、役割分担は概ね以下のようになった。
まず、後輩の陽奈。
彼女には、一年生や女子生徒たちの間の口コミ情報を集めてもらうことになった。持ち前の明るさと、誰とでもすぐに打ち解けられるだろうコミュニケーション能力で、噂話のネットワークに潜入し、情報源を探るという重要な任務だ。
「任せてください、先輩! 私、頑張ります!」
と、拳を握りしめて意気込んでいたが、時々おっちょこちょいなところがある彼女のことだ。少し心配ではある。
次に、同級生の栞。
彼女には、集められた情報の整理と分析、そしてSNSなどネット上での噂の監視をお願いした。
冷静沈着で、細かな矛盾点も見逃さない彼女の分析力は、この手の作業にはうってつけだろう。
「……できる限りのことは、する」
と、静かに、しかし力強く頷いていた。彼女のPCスキルは意外と高いのかもしれない。それにも期待したいところだ。
そして、最上級生の玲奈先輩。
彼女には、三年生のネットワークを駆使した情報収集と、場合によっては、一部の教師への探りを入れてもらうことになった。
その美貌とカリスマ性、そして若干の圧力が、こういう場面でこそ真価を発揮するのかもしれない。
「ふん、当然よ。私に不可能はないわ」
と、自信満々に言い放っていた。まあ、暴走しないことを祈るばかりだ。
最後に、俺、水澄 透。
俺の役割は、全体のまとめと、友人である拓也を通じて、生徒会や学校側の公式な動き、例えば噂に関する調査の進捗などを探ることになった。
人から聞き上手だと言われる俺の能力が、ここで活きるのだろうか。
正直あまり自信はないが。
こうして、俺たちの夏休みは、思いがけない形で「特別活動」に費やされることになった。
炎天下の中、陽奈はクラスメイトや部活仲間にそれとなく話を聞いて回り、時には「相談があるんだけど……」と、逆に相談を持ちかけられながらも、巧みに情報を引き出しているようだった。
今は部室が使えないため、もっぱらファミレスや図書館の隅に持ち帰ってくる情報は、断片的ではあるものの、噂が特定のグループから意図的に広められている可能性を示唆していた。
栞は、集まってきた情報を黙々とノートにまとめ、時系列や関連性を整理していく。その姿は、まるで捜査本部の分析官のようだ。SNSのチェックも欠かさず、匿名掲示板の怪しい書き込みや、裏アカウントでのやり取りなども見つけ出していた。
「……この書き込みをしたアカウント、他のSNSでも活動している。……行動パターンから、うちの学校の生徒である可能性が高い」
などと、冷静に報告してくる彼女は、非常に頼もしかった。
玲奈先輩は、さすがというか、何というか。三年生の有力者たちに「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」と声をかけ、あっという間に学年全体の噂の状況を把握してきた。時には、職員室の近くを「たまたま通りかかった」ことにして、教師たちの会話に聞き耳を立てたりもしているらしい。
「……どうやら、例の恋愛相談の件が、かなり歪曲されて伝わっているようね。しかも、尾ひれをつけたのは、どうやら……」
彼女の情報は、常に核心に近かった。
俺はというと、拓也と密かに連絡を取り合っていた。彼は生徒会役員という立場上、表立っては協力できないが、それでも友人として可能な範囲で情報を流してくれた。
「……生徒指導の先生、まだ本気で調査してるみたいだぞ。お前らの活動、やっぱり問題視されてる。早く何か手を打たないと、本当にまずいかもな」
彼の言葉は、俺たちの焦りを増幅させたが、同時に貴重な情報源でもあった。
情報交換のために、俺たちは毎日のように顔を合わせた。
時には意見がぶつかり、時にはため息をつき、それでも同じ目的に向かって知恵を出し合う。
それは、今までのどこか他人行儀だった相談部の雰囲気とは明らかに違う、仲間としての連帯感だった。
しかし、情報が集まるにつれて見えてきたのは、噂の根深さとそれを広める人間の悪意だった。
どうやら、以前相談に来た女子生徒の恋愛関係のもつれが原因で、その一方の当事者や取り巻きが相談部を逆恨みして意図的に悪い噂を流しているらしい。
しかもその噂は、俺たちが想像していた以上に巧妙に、そして広範囲に広められていた。
「……どうすればいいんでしょうか……」
集めた情報を前に陽奈が不安そうに呟く。
「こんなの、私たちがいくら否定しても、信じてもらえないんじゃ……」
その言葉に、部室の代わりに使っているファミレスの一角は重たい沈黙に包まれた。
夏の太陽は依然として容赦なく照りつけている。
俺たちの戦いはまだ始まったばかりだった。
そしてその先には、さらに大きな困難が待ち受けているのかもしれない。
そんな予感がじりじりと胸を焦がしていた。