表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/40

第21話 夏の夕立と、打ち明けられた秘密

 終業式も終わり、明日からはいよいよ待ちに待った夏休み。

 そんな浮かれた気分の生徒たちが足早に帰路につく中、俺は一人、お悩み相談部の部室へと向かっていた。

 夏休み前の最後の活動日(というほど、大した活動はしていないが)、そして、先日の大掃除で出たゴミの最終確認のためだ。


 旧校舎の三階、いつもの空き教室の前まで来ると、そこにはすでに人影があった。

 陽奈、栞、そして玲奈先輩。三人が、どうやら俺を待っていたかのように、ドアの前に立っていた。


「あ、先輩! お疲れ様です!」


 陽奈が、ぱっと笑顔を向けてくる。


「あら、水澄くん。ずいぶん遅かったじゃない」


 玲奈先輩は、少し不機嫌そうだ。

 栞は、黙ってこくりと頷いた。


「悪い悪い。ちょっと先生に捕まっててな。みんなも、まだ残ってたのか」


 俺は、ポケットから古びた鍵を取り出しながら言った。


「はい! なんとなく、まだ帰りたくなくて」と陽奈。

「……少し、用事があったから」と栞。

「別に。あなたたちがちゃんと戸締りするか、見届けに来ただけよ」と玲奈先輩。

 三者三様の理由(?)らしい。


 俺は鍵を開け、ドアを押した。


「まあ、とりあえず入れよ。ゴミの確認だけして、すぐに閉めるから」


 四人でぞろぞろと部室に入る。中は、大掃除の後だけあって、比較的片付いている……ように見えるが、やはりどことなく埃っぽい。


 他愛ない話をしながら、最後の片付けをしていると、不意に、控えめなノックの音が聞こえた。


 コンコン。


 顔を見合わせる俺たち。

 こんな時間に、誰だろうか。


 俺が「どうぞ」と声をかけると、ドアがゆっくりと開き、一人の女子生徒が顔を覗かせた。

 見慣れない顔だ。おそらく、一年生だろうか。

 少し緊張した面持ちで、部室の中を窺っている。


「あの……ここって、お悩み相談部、ですか?」


 か細い声で、彼女は尋ねた。


「ああ、そうだけど。どうかした?」


 俺が答えると、彼女は意を決したように一歩中に入ってきた。


「あの……相談、したいことが、あって。友達に、ここのこと聞いて……」


 どうやら、相談部の噂が、少しずつ広まっているらしい。

 拓也あたりが言いふらしているのだろうか……。


「どうぞ、座って」


 俺はパイプ椅子を勧めた。

 彼女は「ありがとうございます」と小さな声で言って、おずおずと腰を下ろした。

 陽奈が、さっとお茶を淹れて差し出す。その動きも、ずいぶん慣れたものだ。


「それで、どんな相談かな?」


 俺が尋ねると、彼女は俯いて、しばらくの間、言葉を探しているようだった。

 やがて、絞り出すような声で、話し始めた。


「……あの……友達と、同じ人を、好きになっちゃった、かもしれなくて……」


 その言葉に、部室の空気が、一瞬、凍りついたような気がした。

 特に、陽奈と栞の表情が、微かに強張ったように見える。

 ……気のせいか?


 相談者の女子生徒――仮にAさんとしよう――は、続けた。

 仲の良い友達グループの中に、気になる男子がいること。

 最近、その男子と話す機会が増え、惹かれ始めていること。

 しかし、どうやらグループ内の親友も、同じ男子に好意を寄せているらしいこと。

 親友との関係も壊したくないし、かといって、この気持ちを諦めることもできなくて、どうしたらいいか分からない、と。

 高校生にとっては、非常に切実で、そして複雑な悩みだ。


 話を聞き終えた陽奈は、まるで自分のことのように、目に涙を浮かべていた。


「わ、分かります……! すごく、辛いですよね……! 友情も、恋も、どっちも大切なのに……!」


 完全に感情移入している。アドバイスというより、共感の嵐だ。


 一方、栞は、冷静な表情でAさんを見つめていた。


「……その親友は、あなたが彼を好きかもしれないことを、知っているの?」


 核心を突くような質問だ。

 Aさんは、小さく首を横に振る。


「……多分、気づいてない、と……思います」

「……相手の男子生徒は? 彼が、あなたと親友の、どちらに関心があるか、何かサインはあった?」


 栞の質問は、さらに続く。客観的に状況を整理しようとしているようだ。


 そこへ、玲奈先輩が割って入った。


「ぐずぐず悩んでいる時間が無駄よ!」


 ばっさり、と一刀両断。


「友情か、恋愛か、どちらかを選べないなんて、優柔不斷なだけじゃない。自分の気持ちに正直になって、さっさとはっきりさせなさい! それで友情が壊れるなら、それまでの関係だったということよ!」


 玲奈先輩らしい、厳しくも、ある意味では真理を突いた意見だ。


 三者三様のアドバイス(?)に、相談者のAさんは、完全に混乱している様子だった。

「え、えっと……」と、困惑した表情で俺の方を見てくる。

 助けを求めるような視線。


「まあまあ、落ち着いて」


 俺は、Aさんをなだめるように言った。

 そして、陽奈、栞、玲奈先輩に向き直る。


「みんなの言うことも、それぞれ一理あると思うけど、最終的にどうするか決めるのは、彼女自身だろ? 今は、色々な意見を聞いて、彼女が自分の気持ちを整理する時間が必要なんじゃないか?」


 俺がそう言うと、三人は、少しバツが悪そうな顔をして、黙り込んだ。

 俺は、改めてAさんに向き直った。


「……すぐに答えを出す必要はないと思うよ。陽奈の言うように、今はすごく辛いだろうし、栞さんの言うように、状況を冷静に見ることも大事だし、玲奈先輩の言うように、自分の気持ちに正直になることも大切だ。……色々な意見を参考に、君自身が、後悔しない道を選べるといいな」


 俺にできるのは、やはり、こんな当たり障りのない言葉をかけることくらいだった。


 Aさんは、しばらくの間、俯いて何かを考えていたが、やがて顔を上げた。

 その表情は、まだ晴れやかとは言えないが、来た時よりは少しだけ、すっきりしているように見えた。


「……ありがとうございます。……色々な意見が聞けて、少し、頭が整理できた気がします。……もう少し、考えてみます」


 彼女は、そう言って、深々と頭を下げて部室を出て行った。


 後に残されたのは、少しだけ気まずいような、それでいて、何か大きな課題に取り組んだ後のような、奇妙な空気だった。


「……私たち、ちゃんと相談に乗れてたのかな……」


 陽奈が、不安そうに呟く。


「……人によって、考え方は違うから」


 栞が、静かに応じる。


「ふん。あんなことで悩むなんて、まだまだ子供ね」


 玲奈先輩は、相変わらずだ。


 俺は、そんな三人の様子を見ながら、ため息をついた。

 相談に乗る、ということは、本当に難しい。

 一つの答えがあるわけではないし、良かれと思ったアドバイスが、相手を傷つけることだってある。

 それでも、こうして、誰かの悩みに向き合おうとすること。

 それ自体に、意味があるのかもしれない。


 ただ……。

 今回の相談内容、特に「友達と同じ人を好きになる」というテーマは、この部室にいるメンバーたちの間にも、何か微妙な影を落としたような気がしないでもなかった。

 陽奈と栞の、一瞬見せた硬い表情。

 それは、考えすぎだろうか……。


 窓の外では、遠くで雷鳴が聞こえ始めた。

 夏の夕立が来るのかもしれない。

 相談部の、そして俺たちの夏休みは、静かに、しかし確実に、始まろうとしていた。

 そして、それは、新たな波乱の幕開けでもあるのかもしれない、と。

 そんな予感が、胸の奥を微かに掠めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
玲奈先輩、一緒に過ごせる時間は一番限られているはずなのに1学期の間アクション起こさなかったんだよなあ… 自戒も含めているのだろうか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ