第15話 テスト前夜の静けさと、集いし学び手たち
じりじりと照りつける太陽が、窓の外のアスファルトを白く輝かせている。
梅雨は明けたものの、本格的な夏の到来を前に、蒸し暑い日々が続いていた。
そして、学生にとっては憂鬱な、しかし避けられないイベントが、刻一刻と近づいていた。
中間テストだ。
一週間後に迫った試験本番に向けて、校内にはどこか浮ついた空気が消え、代わりに鉛のような重たい雰囲気が漂い始めていた。
そんなテスト期間突入の合図と共に、なぜか俺たちの『お悩み相談部』の部室は、にわかに活気づいていた。
いや、活気づく、というのとは少し違うか。
むしろ、普段よりも静かだが、妙な熱気が籠っている、と言うべきかもしれない。
「うーん……やっぱり、ここの計算が合わない……。先輩、ちょっといいですか?」
俺の隣で、後輩の朝霧 陽奈が、数学の問題集とにらめっこしながら唸っている。
彼女は、テスト期間に入ってからというもの、毎日のようにこの部室にやってきては、俺に質問を浴びせてくるようになった。
まあ、頼られるのは悪い気はしないし、彼女なりに必死なのは分かるのだが……正直、俺自身の勉強が全く進まない。
「ああ、どれだ?」
俺は、自分の開いていた現代文の教科書から顔を上げ、陽奈のノートを覗き込んだ。
……なるほど、確かに少し複雑な式の展開だ。
「ここは、まずこの部分を因数分解して……」
俺が解説を始めると、陽奈は「ふむふむ」と真剣な表情で頷いている。
その熱心さは、好ましいものだが。
ふと視線を上げると、窓際の定位置には、月見里 栞が座っていた。
彼女も、テスト期間中はほぼ毎日、ここに顔を出している。
理由は「家だと弟がうるさくて集中できないから」らしい。
いつもの文庫本ではなく、分厚い日本史の資料集を開き、黙々とペンを走らせていた。
時折、長い髪を耳にかける仕草が、妙に様になっている。
彼女の周りだけ、空気が凛と張り詰めているような気がした。
そして、俺の正面の席には……やはり、姫宮 玲奈先輩が陣取っていた。
彼女も、テスト前はさすがに勉強するらしい。
机の上には、他の誰よりも多い、大量の参考書や問題集が積み上げられている。
その完璧主義者ぶりは、勉強においても健在のようだ。
しかし、今日の彼女は、どこか様子がおかしい。
開いているのは、古文の分厚い参考書。
難しい顔をしてページを睨みつけ、時々、はぁ、と深いため息をついている。
そして、ペン先で、意味もなくノートの隅をカリカリと引っ掻いている。
……もしかして、古文、苦手なのか?
あの完璧超人にしか見えない先輩にも、苦手な科目があるなんて、少し意外だ。
(……聞けばいいのに)
俺は内心で思った。
俺に聞くのが癪なら、栞あたりに聞けばいい。
彼女なら、古文も得意そうだし、淡々と教えてくれるだろう。
だが、玲奈先輩のプライドが、それを許さないらしい。
ちらちらと俺の方を見ているような気もするが、決して「教えて」とは言ってこない。
まったく、面倒くさい人だ。
部室の中は、奇妙な静寂に包まれていた。
聞こえるのは、陽奈が時折立てるシャープペンシルの音、栞が資料集のページをめくる音、玲奈先輩の小さなため息、そして、俺が陽奈に解説する声だけ。
外からは、やかましいほどの蝉の声が響いてくるのに、この一室だけが、まるで真空状態のような、妙な集中力(と、玲奈先輩の苦悩)に満たされていた。
「あ! 分かりました! 先輩、ありがとうございます!」
陽奈が、ようやく問題を解き終えたのか、ぱっと顔を輝かせた。
「どういたしまして。……それじゃあ、俺も自分の勉強を……」
俺が、現代文の教科書に向き直ろうとした、その時。
「……ふん。そんな簡単な問題で、いちいち時間をかけているようじゃ、先が思いやられるわね」
正面から、玲奈先輩の、棘のある声が飛んできた。
明らかに、陽奈(というより、俺にか?)への当てつけだ。
「そ、そんな……!」
陽奈が、少しむっとしたように言い返す。
「まあまあ、人には得意不得意があるからな」
俺は、慌てて間に入った。
まずい、このままだと、また不穏な空気になる。
「あら、水澄くんは随分と余裕なのね? 自分の心配でもしたらどうかしら?」
矛先が、今度は俺に向けられた。
……やっぱり、機嫌が悪いらしい。
古文のせいか?
俺は、ため息をつき、玲奈先輩の口撃を適当に受け流しながら、自分の勉強に戻ろうとした。
テスト期間中の相談部は、ある意味、普段よりも厄介かもしれない。
静かなのはいいが、このピリピリとした空気は、どうにも落ち着かない。
窓の外では、入道雲がもくもくと湧き上がり、夏の空を覆い尽くそうとしていた。
テストが終われば、すぐに夏休みだ。
その短い解放期間を心の支えに、俺はこの憂鬱なテスト勉強期間を乗り切るしかない。
……もちろん、彼女たちの面倒を見ながら、だが。
それが、いつの間にか、俺の役割になってしまっているのだから。
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