表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉岡利著の10段階成長物語  作者: 斉藤
第2章 餓鬼道
9/67

シーン5:小さなきっかけ

シーン5:小さなきっかけ


眠れなかった。

布団に入っても、頭の中はノイズだらけで、どこにも安らぎがない。


天井を見つめ、スマホを何度も開いては閉じる。

SNSも、ニュースも、動画アプリも、どれも飽き飽きしていた。


現実逃避すらできない。


ふと、指が止まった。ネット掲示板のひとつ――半分荒らしみたいな書き込みと、自分語り、宣伝が混じる匿名掲示板。


普段ならスクロールして素通りするような投稿に、なぜか目が止まった。


《異世界通販スキル習得者募集》


……何だ?


ふざけてる。いや、確実にふざけている。

最初はそう思った。だけど、その夜の利著には、ほんのわずかな“引っかかり”があった。


「異世界」も「スキル」も、どこかで聞き飽きた言葉。

だけど、“通販”という単語が妙にリアルだった。


リンクを踏むと、簡素な特設サイトが開いた。

テキストだけのページに、こう書かれていた。

この世界では報われない者たちへ。

少ない資金で始められる、新たな生き方を。

スキル習得者には、異世界とつながる「通販窓口」を提供します。


意味はわからない。だが、嘘だと決めつけるほどの理性も、今の利著にはなかった。


「……これなら、少ない資金でも何か変わるかもしれない」


声には出していない。だが、確かにそう思った。


競輪場で積み重ねる売上、八百屋の研修、貯金の残額、増えない時給。

どこを見ても希望がない。だからこそ、「現実ではない何か」にすがる自分がいた。


もしこれが詐欺でも、別に構わなかった。

金を失って困るほどの余裕はない。むしろ、「何かをしてみた」という事実だけでも、今の自分には意味があるような気がした。


それは、敗北でも現実逃避でもなく、「行動」だった。


本当にくだらないかもしれない。

でも、それを笑えるほど強くはなかった。


画面を閉じたあと、少しだけ深呼吸して、布団の中で目を閉じた。

心のどこかで、ずっと冷えていた場所に、ほんのかすかな熱が灯った気がした。


小さな火種。

今にも消えそうで、それでも確かに存在している。


それが「希望」かどうかは、まだわからない。

だけど、何かが動き出す予感だけは、はっきりとあった。


翌朝、目覚めたとき、体の重さは変わらなかった。

競輪場も、八百屋も、何も変わらない日常が待っていた。


だが、利著はスマホを見た。

履歴から、昨夜のページをもう一度開く。


そこにあったのは、ただの「応募ボタン」だった。


利著は、指をのばした。


迷いはあった。

くだらないとも思った。

でも、その迷いすら、自分にとっては「生きている証」のように思えた。


──送信。


クリック音のないスマホの画面。何も反応は返ってこなかった。


けれど、たしかに何かが始まった気がした。


それは「餓鬼道」の底で、唯一感じた“自分で選んだ行動”だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ