シーン3:二重生活の疲弊
シーン3:二重生活の疲弊
夕方の薄暗い空の下、玉岡利著は重たい体を引きずるようにして、八百屋チェーン本部の研修室に向かった。
朝は競輪場。怒号と煙草の匂い、冷え切った窓口での立ち仕事。
そこを終えて、昼過ぎに売場を出たら、缶コーヒー1本で疲れを誤魔化して、電車を乗り継ぎ、今はここ。
八百屋の研修室は、見た目こそ清潔で明るかったが、利著にとってはただの「もうひとつの戦場」だった。
「今日から現場研修に入ってもらいますね」
そう言われ、支店の一角に立たされてから、もう数日が経つ。
やることは単純だ。マニュアルに書いてある通り、野菜を並べ、商品ラベルを貼り、客が来たら笑顔で「いらっしゃいませ」と声を出す。
だが、頭の中はまったく別のことで埋め尽くされていた。
──どうすればもっと稼げる?
時給は高くない。正社員登用は半年先。その間の生活費は、ほぼすべて競輪場の収入頼み。それも不安定で、いつ切られてもおかしくない。
今日の電気代、来月の家賃、炊飯器が壊れそうだということ、ボロボロの靴の底。
そんな現実が、脳の後ろでずっと警報のように鳴っている。
「玉岡くん、それ、ピーマン逆向き。見栄えが大事だから、意識して」
先輩社員の声に、現実へ引き戻された。利著は慌てて手を動かす。言われたとおりに並べ直す。
横を見ると、同じく研修中の新人が楽しげに笑っていた。まだ学生っぽい、二十歳前後の若者。先輩から教わるたびに、目を輝かせてうなずいている。
「野菜って奥が深いですね!並べ方ひとつで全然違って見える!」
利著はその言葉に反応するふりをして笑顔を作ったが、心は微動だにしなかった。
自分は、そんな風にはなれなかった。
「学ぶ楽しさ」とか「仕事のやりがい」とか、もう何年も前に置き去りにしてきたものだった。
それよりも、今は「生き延びる」ことがすべてだった。
何かを吸収する余裕なんてない。考えているのは、どうすればあと5000円多く稼げるか。週末にもうひとつバイトを入れられるか。
そんなことばかり。
「……玉岡くん!」
突然、研修主任の鋭い声が飛ぶ。
「声が小さい!もっと積極的にいこう。ここは現場なんだよ、見て学ぶだけじゃなく、動いて覚えて!」
利著はハッとして、「はい」と答えた。だが、声が震えていた。
主任は呆れたように眉をひそめて、次の新人に目を向けた。利著は深く息を吐いた。怒られたこと自体よりも、「何も返せなかった自分」に腹が立つ。
焦燥感がじわじわと体を蝕む。
このままじゃ、何も残らない気がする。競輪場では怒鳴られ、ここでは見下され、どこにいても“仮”の自分。
──自分は、何者なんだ。
朝と夜で別の顔を持ち、どちらにもなじみきれず、ただ無理に笑って耐えるだけ。これを「社会復帰」と呼ぶのか。
昼間に見たステーキの画像が、ふと頭をよぎる。あんなもの、自分の人生には存在しない。いや、そもそも「楽しむ」ことすら、もう許されていない気がする。
「ここで結果を出さなきゃ、次はない」
自分に言い聞かせるように、利著は手を動かし続けた。だが、どれだけ声を出しても、商品を並べても、心は乾いたままだった。
休憩室の鏡に映った自分の顔は、くたびれていた。目の下にクマができ、口元は硬直し、何歳か老けたように見えた。
それでも明日はまた競輪場へ行き、終わったら八百屋に来る。
二重生活はまだ始まったばかりだった。だが、すでにどこかで限界の足音が聞こえていた。