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第1章「地獄道」 シーン1

第1章「地獄道」

シーン1:引きこもりの部屋


薄暗い部屋の隅、液晶モニターが青白く光っていた。玉岡利著たまおか としあきは、画面を睨むでもなく見つめている。手は動かない。キーボードの上に置かれたまま、ただ時間だけが過ぎていく。窓のカーテンは閉じたままで、外が朝なのか昼なのかもわからない。


足元には空き缶がいくつも転がり、レジ袋がいくつも皺だらけになって床に沈んでいた。コンビニ弁当の容器やペットボトルもあちこちに放置されている。空気はよどみ、換気扇の回る音さえも聞こえない。


部屋の中で完結する生活がもう、どれくらい続いているのか、自分でも覚えていない。最初のうちは、「少し休めばまた動ける」と思っていた。だが、休みはいつしか日常になり、日常は孤独に変わった。


スマホの画面が小さく震えた。母親からの着信。もう何度目だろう。手を伸ばすこともせず、利著はただ、音が止まるのを待った。留守番電話に切り替わると、しばらく沈黙が続き、聞き慣れた声が小さく漏れてきた。


「利著……元気にしてるの? 少しでもいいから、連絡ちょうだいね」


その声を最後まで聞く前に、スマホの画面は暗くなった。利著は目を閉じた。母の声が胸に残っている。が、それをどうすることもできない。返事をすれば、現実が押し寄せてくる。自分が何もしていないこと、何もできていないこと、そのすべてが。


生活費は、学生時代のバイトで貯めた貯金を切り崩してなんとか維持している。けれど、残高は明らかに心もとない。通帳を見るたびに焦りはある。だがその焦りも、心を突き動かすには至らない。


何をすればいいのか、わからない。何をしたいのかも、わからない。ただ、心のどこかにぽっかりと穴が空いていて、それを埋めようとしても何も入らない。朝起きて、昼になって、夜が来ても、何も始まらず、何も終わらない。


インターネットの掲示板をぼんやり眺めていると、ふと一つの書き込みが目に入った。


「生きてるだけで偉い、なんてウソだ」


誰かの独り言のような言葉。それが不思議と胸に刺さった。利著もずっと、どこかで「それでいい」と自分に言い聞かせてきた。でも、それが通じるのは誰かが見てくれている間だけだった。今はもう、誰もいない。


かつての友人も、SNSの繋がりも、静かに離れていった。誰も責められない。連絡を断ったのは自分だ。応じる余裕もなく、ただ面倒になって消してしまった。


こうして誰にも見られず、誰にも声をかけられず、ただ生きている。いや、生きていると言えるのかもわからない。息はしている。心臓も動いている。でも、自分という存在はもう、どこにも意味を持っていない気がした。


壁にかけたカレンダーが、去年のまま止まっている。今日が何日なのか、何曜日なのか、もはや意味を持たない。社会というものが、別の世界の話に思える。


──ここは地獄だ。逃げ場のない、音も色もない地獄。


ただ、この地獄に落ちたのは誰のせいでもない。自分だ。わかっている。でも、這い上がる力がない。


利著は、深く息を吐いた。部屋の空気は重く、喉の奥が焼けるようだった。どこかへ行きたい。けれど、行き先がない。


どこかで何かが変わることを、心の奥底では期待している。でも、それを願うことすら、罪のように思えてしまう。


その日もまた、画面の光だけが、彼の世界を照らしていた。


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