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21.夏の舞踏会  作戦その2

 サンドレットが困惑気味の騎士に案内されたのは、伯爵以下の家門が集まる控え室だった。

「まあ!……なんて……」

「……あの、ドレス……か?」

「え。コンタスト伯爵令嬢?王太子殿下の婚約者候補が……?」

 ざわめきの中に自分の話題を感じた彼女は、にっこりと笑顔を浮かべた。

 あまり見かけたことのない貴族ばかりだが、舞踏会は男爵家以外のほぼ全ての貴族が招待されているはずだから当たり前だろうと納得する。

 揺らめくリボンに、胸元の素晴らしいアクセサリー。

(これだけ可愛らしくて、愛らしいのだから。注目もされて当然だわ)

 見知った顔を探そうと辺りを見回すと、学園でよく褒めてくれる男子生徒がいた。

 にっこり笑いかけると嬉しそうに頷いてこちらへ来ようとしたが、家族に止められている。

(そうよね。学園ではないから、未来の王太子妃に簡単には声をかけられないのよね)

 ちょっと寂しいけど、仕方がない。

(後でユアン様に慰めていただこうかしら)

 もっと愛されてしまうかもしれない、と頬を染めるサンドレットに衆目が集まる。

「目立っているわね」

 控え室の中を覗き込んだヘレナは、周囲の冷たい目の中でも嬉しそうに微笑み続けるサンドレットに寒気を感じた。

 皆は気付いていないかもしれないが、サンドレットはねっとりした何かを纏い、それが人を引き寄せている。目には見えないが感じることのできるヘレナからすると、気持ち悪くてしょうがない。

 イオリティがいるとそれが消えてしまうのだが、いない所ではアレに捕らわれる者が多くいる。観察していると、どうやら好意的な感情を持った者の心を己に向ける力のようだ。

(王妃と似たような……いえ、同じ?)

 デビューしたての幼い少女がドレスを見て目を輝かせた途端、ねっとりしたそれが少女に纏わりつき始めた。

(ああ、そうよね。デビュー前の女の子はああいうドレスを着ていたりするものね。常識ではダメだと分かっていても、可愛いいと思ってもおかしくはないわね)

 サンドレットの着ている成人として許されないデザインが、未だに好みだという者もいるのだ。

 ヘレナは四人に目で合図をした。

 頷いて進み出たのは、普段あまり喋らない伯爵家の令嬢だった。

「ご無沙汰しております、コンタスト伯爵令嬢」

 綺麗な礼をして微笑みを浮かべる令嬢が誰かサンドレットは分からなかった。見覚えがあるような気もする。

「ええ、ご機嫌よう」

「本日も可愛いらしくていらっしゃいますのね。流石ですわ!」

 キラキラした瞳で褒められてサンドレットは嬉しくなった。

「まあ、そのようにおっしゃっていただけて、嬉しいですわ」

「いつも、本当に可愛いらしくて見惚れてしまいます」

「まあ」

 にんまり、と形容するべき満足感溢れる笑みを浮かべるサンドレット。

「王太子殿下もさぞ喜ばれたことでしょうね」

「え?いえ、その、未だ……」

「まあ、そうなのですか?そのように可愛いらしい様を殿下より私達がお目にして良かったのでしょうか?」

 そう言われて不安になる。王太子が見るより前にせっかくのドレスを披露してしまうのは、良くなかったかもしれない。

「それは……」

「殿下も楽しみになさっておいででしょうね。宜しければ、ご婚約者候補様の控え室までご一緒いたしましょうか?伯爵家の私などでは入ることはできませんが、近くまでならお供できますわ」

 同じ伯爵家でも入ることはできない控え室、という言葉がサンドレットの心を動かした。

(そうよね、素晴らしいユアン様に愛されているわたしがいるのは、特別な部屋だわ)

「でも、わざわざ宜しいの?」

 送って貰うのもちょっと気が引ける。案内の騎士を呼ぶべきだろうか。

「まあ、もちろんですわ。是非私や、懇意にしているもの達でお守りさせてくださいませ」

 にっこり笑う令嬢に、サンドレットは自分を送れることが嬉しいのだと勘違いした。

 令嬢の周りには三人ほど立っており口々にサンドレットを褒めてくれた。

 誰も名乗らなかったが、学園で面識があるのだろうと勝手に納得した彼女は鷹揚に頷いてみせた。

「宜しくお願いしますわ」

 獲物が網に引っ掛かった。





 舞踏会の日は、会場周辺の決まったエリアのみ参加者は自由に移動できるが、流石に公爵家以上の使用する特別室周辺の警備はものものしかった。

 サンドレットを案内した四人は、近衛騎士に彼女を託した。騎士の表情が多少強ばっていたのは気のせいではない。

 その場を辞した四人は、物陰に立つヘレナに軽く礼をして控え室へ戻る。

(彼女達には後でしっかり御礼をしなくては。ここまですんなりいくとは思わなかったわ。でも、ここからはイオに任せるしかないのよね。ま、アレが自業自得で大恥をかいてたのは、いい気味だけど、あんまりイオに迷惑かけないでほしいわ!──ん?)

 後ろからヘレナに近づいて来る気配は、あまり馴染みのない高貴なもの。

 忍ばせたイオリティ宛ての魔石便をさっと飛ばし、ゆうゆうと身なりを整えてから直ぐ後ろに迫った瞬間にくるりと向きをかえ、礼を執る。

「王太子殿下にご挨拶を申し上げます」

「……っ。楽にして欲しい、ストラディア辺境伯令嬢」

 仇敵に出会ったような殺気が微かに漏れるヘレナに、強張った笑顔で応えた王太子と、動くに動けない護衛。

「この度は、ありがとう。こちらが素早く動けず、申し訳なかった」

 サンドレットがあの控え室にいるとの報告が上がり、王太子が慌てて迎えにきたようだった。

「とんでもございません。|親友の頼みに応えたまでですわ《王家のためじゃない》」

 ぴくり、と王太子口元がほんの僅か痙攣した。

「そうか。イオにも後で御礼を伝えねばなるないな」

(ストラディア辺境伯令嬢に嫌われるようなことをした覚えはないはずだが……イオを怒らせたせいか……)

(『イオにも』、ですって?愛称呼びで親しさを演出でもしてるのかしら?親しくなりたいなら、身辺を身綺麗にしてからにするべきでしょうに)

 無言のヘレナに居心地が悪くなったのか、王太子が口を開こうとすると、ヘレナが後ろを向いた。

「あれは……」

 王太子の目に写ったのは、外套を纏い地味な格好をしているイオリティだ。

(何故、あのような地味な格好を?舞踏会にでないつもりか?)

 後ろで焦っている王太子に、いい気味だと思っているヘレナ。

「ヘレナ、ありがとう。本当に助かったわ」

 近付いてきたイオリティは、焦っていたため王太子に気付かなかった。

「まさか、サンドレット様が伯爵家の馬車で行くとは思わなくって……ドレスも取り替えられなかったわ」

「どういう事だ?」

「えっ!?」

 柱の影から出てきた王太子に、イオリティはびっくりして固まった。

「ドレスを取り替える、とは?」

 怪訝な顔の王太子。

「なにをしているのだ、そなた達は」

(ど、どうしよう。まさか、サンドレット様に嫌がらせをしたと思われてる?)

 ばくばくと鳴る心臓。

 事情を説明しなくてはと思うが、大切なサンドレットに何かしたと疑われているかもしれず、彼女のためだと信じて貰えないかもしれない。

 そう考えてしまうと、イオリティは動けなかった。

「──殿下、恐れながら、宜しいでしょうか」

 イオリティを庇うように立ったヘレナ。

「サンドレット嬢のドレスをご覧になって、王家として認められるのであれば、わたくしとイオリティはこのまま公爵家の控え室に向かって、用意をいたします」

 侮蔑の眼差しに冷えた声。

「ドレス?」

 何故ここまで敵意を向けられるのか解らず、王太子は問い返した。

「ええ、あの方の独特なセンスのドレスでの参加は国の恥になるのでは?と危惧しております」

「どく、とく?」

「ええ、是非ともご覧になってくださいませ」

 ヘレナに誘導されるまま、王太子は婚約者候補の控え室にそっと近付く。

 その場の雰囲気に飲まれたのか堂々とではなく、人目を憚って。

「──あれは、何だ……?」

 こっそり眺めたドレスは酷かった。あんなものを着てでたら、それこそ国の恥になる。

 単なるリボンの固まりではないか。

(イオは、あれをどうにかしようとしてくれていたのか)

 あと一時間しかないのに、未だにドレスを着ていないイオリティに申し訳なさを感じ、王太子は頭を下げる。

「すまなかった、イオ。こちらが把握して対処すべき事だった……」

「いえ……それよりも今からどうにかしなくては」

 本来の作戦やその後について、三人は相談し始める。ただ、着替えろ、では納得しないサンドレットがなにを言い出すかわからないため、本人に納得してこちらが用意したドレスを着てもらなくてはならない。

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