●終章 永遠の詩
写真展から一年が経った。
私たちのスタジオは、少しずつ形になってきていた。楓の写真の仕事は増え続け、私も幾つかの雑誌で詩の連載を持つようになった。
でも、私たちの日課は変わらなかった。
休日になると、必ず街を歩く。新しい言葉を探して、時には見知らぬ路地に迷い込み、時には思いがけない風景に出会う。
「みづき、見て」
楓が指差した先には、工事現場の仮囲いがあった。その白い壁に、誰かが文字を書き残している。
『この街で、君に出会えてよかった』
「なんだか、私たちみたいだね」
楓の言葉に、私は頷いた。
「うん。私たちも、街で出会って」
「そして、言葉で結ばれて」
私たちは、手を繋いで歩き続けた。
行き交う人々の中には、きっと私たちのように言葉を探している人もいるだろう。そして、その言葉との出会いが、誰かの人生を変えるかもしれない。
私は、楓からもらった手帳を取り出した。もう、ページはほとんど埋め尽くされている。
「新しい手帳、買わなきゃね」
「うん。でも、この手帳は特別だよ」
「どうして?」
「だって、私たちの始まりが詰まってるから」
楓は優しく微笑んだ。
「大丈夫。私たちの物語は、まだまだ続くよ」
その言葉に、私は深く頷いた。
確かに、私たちの物語は終わらない。むしろ、これからも新しいページが加わっていく。それは、時には穏やかな日常の一コマだったり、時には思いがけない発見の瞬間だったり。
街は、今日も言葉で溢れている。
信号が変わる音、人々の話し声、看板の文字、落書きの跡――それら全てが、私たちの物語の一部になっていく。
私は、最後のページに新しい言葉を書き加えた。
『この街で
あなたと出会い
言葉を知り
愛を学んだ
これから出会う
全ての言葉が
私たちの詩になっていく
永遠に』
楓が、私の肩に頭を寄せてきた。
「素敵な言葉」
「楓のおかげだよ。私に、言葉を教えてくれて」
「違うよ。みづきが、私の写真に命を吹き込んでくれた」
私たちは、夕暮れの街を歩き続けた。
これからも、きっと素敵な言葉に出会えるだろう。そして、その全てが私たちの詩として、永遠に紡がれていく。
街は、今日も優しく私たちを包み込んでいた。
(完)