やっぱり後輩思いのハルさん
「じゃぁ、行ってくるよ」優羽は希美に言った。
「行ってらっしゃい」昨日、ハルに会いに行ってから元気がない優羽に気付いていた希美だが、何も聞かずに優羽を仕事へと送り出した。
優羽は久しぶりに職場へと向かった。
「優羽さん!一週間も来ないなんて、何してたんっすか?」職場につくなり、ナルが話かけてきた。
「ああ、悪りぃ。迷惑かけたな。」優羽がナルに言った。
「も〜優羽さん、心配したんすよ!ハルさんなんて元気がなくて飯も喉通らねぇって感じでしたよ。すげえ心配してましたよ!」ナルが言った。
「…ああ、そうか。ほんと悪かったな。」
優羽はハルと気くと、心臓がちくちく痛んだ。
ガチャリ。
ハルが出勤してきた。
「ハルさん!おはようございます。ハルさん今日優羽さんいますよ!良かったっすね!」ハルが入ってくるなりナルが言った。
「おお、そうか。そりゃ良かった。」ハルがナルに言った。
ハルさん、優羽さんの事あんなに心配してたのに… ナルは不思議な顔をした。
「おはようございます。」優羽がハルに言った。
「おお」
ハルはそれ以上は何も言わなかった。
優羽はいつもと同じ様に仕事をこなした。
接客をしながら、たまにハルの事を目で追った。ハルはいつもと変わらず接客をこなしていた。
その日はハルとしゃべる事はなかった。
それから何日もハルとは挨拶を交わすぐらいで会話はなかった。
前までは暇があればお互い近くへより話をしたり、説教をされたり、笑ったりしていたのに…心に穴がぽっかり開いたようだった。
専属でもない限り会話はあまりしない、名前すら分からないやつもいる。
「ハルさん!ハルさん!今フリーらしいじゃないですか!」
ハルの専属でなくなってから4日目、ナルよりも後にこのホストクラブへ入ってきた子がハルを追いかけてきて言った。
ハルは控え室に戻る途中だった。
「ん?ああ。まあな。」ハルが答えた。
「俺、ハルさんに憧れてこの店にきました!ハルさんの専属後輩にして下さい。」
その子がハルにふかぶかと頭を下げてお願いした。
「ああ、考えておく」ハルがその子に言い控え室に入ってきた。
優羽と目が会うハル。
優羽は今の会話を聞いていた。
「お疲れ様です」優羽が言った。
「おお。お疲れ」ハルが優羽を通り過ぎ、座ってたばこを吸い出した。
「ハルさん、あいつ専属にするんですか。」優羽が聞いた。
「…あぁ、まぁそうだな。」ハルが答えにくそうに答えた。
「あんなだせえやつ専属にするんですか?ハルさんに似合わないですよ。」優羽が言った。
「関係ねえだろ、お前には」ハルが優羽を見ずに言った。
「あいつまだ入ってきたばっかりじゃないですか。ナルもハルさんの専属になりたくて俺の下でがんばってるのに、いきなりあいつが専属ですか?」
優羽が皮肉たっぷりに言った。
「関係ねぇーって言ってんだろ!他人が口出しすんな!俺が決める事だ」ハルは立ち上がり、自分のロッカーへ行き何かをごそごそ探した。
「ホント、B型って自己中ですよね。ハルさんが言えないなら、俺あいつに言ってきます」優羽は控え室を出ようとした。
「おい!待てよ!何なんだよお前。俺の言う事が聞けねえのか?」ハルが言った後に気づいたようだった。
「聞けないですね。だって俺、もうハルさんの専属じゃねえし。
俺の次はあのだせぇのにするんですよねぇ?」
「喧嘩でも売ってんのか?」
「はぁ?喧嘩?なんでそんなもん、くだらねぇ。ハルさんがはっきりしねぇから俺が言ってやるって言ってんだよ!」優羽はハルの胸ぐらを掴み、ハルを睨んだ。
ここ何日間かずっとたまってた寂しさが一気に爆発した。
「……」ハルは優羽の目をじっと見て、何も言わない。
「……………」
優羽は目線を下に下ろし、ハルの胸ぐらを掴んでいた手をゆっくり離した。
「…何で何も言わないんですか…何で怒らないんですか…何で殴らないんですか…」
優羽が震えながら言った。
「優羽…」ハルがボソリと言う。
「俺の事、首にして下さい…」優羽は下を向いている。
「………」ハルは何も言わずただ悲しい目で優羽を見ている。
「俺はハルさんに見捨てられたら、ホストやってる意味ありません…ハルさんの事、本当に尊敬してます…憧れてます…俺は、ハルさんがいないと何も出来ません…ハルさんしか頼る人いません…………ハルさん…俺のこと見捨てないで下さい……」優羽の目から涙が落ちた。優羽は拳をぎゅっと握った。
「……」
「…バカ野郎…お前は本当意地っ張りだな。」ハルが優羽に背を向けた。
「……………」
「俺がお前の事…うっ…」ハルが手で顔を覆った。
「ハルさん?」優羽が聞く。
どうやらハルは泣いているようだ。
「見捨てる訳ないだろ…」ハルが涙を拭きながら言った。
優羽の心はハルの一言で晴れていった。
「ハルさん泣いてるんですか?」優羽がハルの泣き顔を見ようとハルの腕を掴もうとした。
「おい!触るな!俺が泣くわけねえだろ!おい!優羽!俺のロッカー整理しとけ!」ハルが優羽に命令した。
「は、はい!ハルさん!」優羽は笑顔になった。
優羽は急いでハルのロッカー整理に取りかかった。
ハルも笑顔で優羽を見た。
「どうしたら、こんなに散らかせるんですか!?」優羽はハルのロッカーの散らかり具合に驚いた。いつも汚いが今日はそれ以上に汚かった。
きっと優羽がいなかったから、誰もやる人が居なかったんだろう。
「俺は片づけが苦手なんだ!」ハルは偉そうに答えた。
優羽は全くもうと言う顔をして、笑顔になった。
「あ、そおいえばお前、さっき俺の胸ぐら掴んだよなぁ?ああ?」ハルが優羽にせめよる。
「あ、あの、え?そうでしたっけ?あはは…」優羽は知らない顔をした。
「てめぇ!忘れたとは言わせねえぞ!」
優羽はその日一日、接客もハルのやる仕事も自分の仕事も全部やった。ハルの仕事は優羽の仕事よりも倍の量だった。
ハルの胸ぐらを掴んだ事はこれで許してくれると言った。
「おい、優羽!まだ終わってねえのかよ!ハルが」帰り際に言った。
「だって量多すぎますって」優羽が言った。
「しょうがねえなぁ」ハルは優羽を手伝った。
「ハルさん」優羽は嬉しかった。
喜ぶ優羽の顔を見て、ほんとに世話の焼ける後輩だと思い笑った。