初めての後輩ナル
ハルが怪我をしてから数日がたった。
ハルは一日だけ仕事を休み、二日目からは普通に仕事をこなしていた。運良く、額の縫った所は前髪で隠れていた。
広角のあざはファンデーションを塗って隠した。鎖骨の包帯もシャツから見えないように、上手に優羽が巻いた。
優羽はまだ早いと言ったが、ハルは俺に命令するなと言って聞かなかった。
ハルが治るまでの間、優羽がハルをフォローする事にしたので、ハル指名の客3人、優羽指名の客一人を一つのテーブルで一緒に接客していた。
「ね〜ハル〜この中で誰が一番好きなの!!」ハルの客が言った。
「そんな、みんな良い女すぎて決めれねぇ〜よ」ハルがごまかした。
「え〜!じゃぁ、優羽は誰が一番好き?」今度は優羽に聞く客。
「優羽は私の事が好きなのよ!」優羽指名の客が答えた。
ハルの客、優羽の客。
最初はどうなるのかと思ったが、客同士仲良くなり、みんなで楽しめる状況になっていた。
「ねぇ!ハル〜いつもみたいに肩に手回して」と先程とは違うハルの客がハルの左腕を取り、自分の肩に持っていこうとした。運悪く、ハルは左の鎖骨を骨折している。
「あ〜!ねえ、知ってる?」優羽が慌てて言った。
「ハルさんって、左側から見るより、右側から見た方がかっこいいんだ。」
「え〜そうなの?じゃぁこっち」その客はハルの右側に移動し、右腕を自分の肩に持っていった。
「確かにそうかも!かっこいい」客が右側からハルを見て言った。
「でしょ?」優羽はホッとした。
「え〜ずるい!私も!ちょっと退きなさいよ」
他の客も、自分もとハルの腕を取り合った。
「おいおい!逃げないから順番!」ハルがなだめた。
「ねぇ!優羽!私にもやって」優羽の客が優羽のシャツを引っ張りながら言った。
「甘えん坊だなぁ」優羽は客の肩に腕を回した。
そんなこんなで一時間は過ぎていった。
客を外まで送り、一息付く為に、控え室に戻ろうとした二人。
「ハルさん!」誰かがハルを呼んだ。
ハルと優羽は声の方を向いた。
「お前…」そこにはナルホストがいた。
「てめぇ、何しに来たんだよ!」睨みながらハルが言った。
「す…せん…」ナルホストがボソボソと小声で言った。
「ああ?」ハルが言った。
「すいませんでした!」ナルホストは土下座をし、今度は大声で言った。
「俺、優羽の言ったとおり、ハルさんに嫉妬してました。…俺は…この世界でやっていきたいんです。もう一度ここに置いて下さい。何でもやります。ハルさんの弟子にして下さい!」
「…」ハルがナルホストを見ている。
「お願いします…」ナルホストは額を地べたに付け、泣いていた。
「お前、ここ店の前だぞ。場所考えろよ、このKYが!」そうゆうとハルは控え室へ戻って言った。
「…」ナルホストはまだ同じ体制で泣いていた。
「来いっていってるけど」優羽がナルホストに言った。
控え室で3人は黙って座っていた。
「で、俺の弟子になりたいって?」煙草をふかしながらハルが話しを切り出した。
「はい…」ナルホストは下を向いたまま言った。
「お前、俺の事が嫌いだったんじゃねえのか?」またハルが聞いた。
「…俺は他の店で働いてた時に、この店のナンバーワンが社長の息子だって事聞きました。…俺はそいつを潰して、この店のナンバーワンになろうと思って移動してきたんです。気に入らなかったハルさんの事が。社長の息子ってだけで人気があるのが…俺は、苦労して人気を集めてきたのに…しかも、年下のやつで…俺は野望を持ってこの店に来たのに、ハルさんは俺が思ってたのと違っていい人だった。俺もハルさんに憧れはじめた。だから、ハルさんの事を嫌なやつと思いこもうとしてたんです。それで、優羽にまであんな事を…」またナルホストが泣き出した。
「すげぇ迷惑なやつだなお前」ハルが嫌そうな顔をして言った。
「本当にすいませんでした…」ナルホストが言った。
「あのよ、俺、お前みたいな頭のわりぃやつ一番嫌いなんだよ。だから、お前の事、弟子にするつもりねぇ〜よ。他の店行って、勝手にやってくれよ。」ハルが言った。
「…………」ナルホストは唇を噛みしめうつむいている。
それを見た優羽はナルホストの事が気の毒になった。
「ハルさん。もう良いじゃないですか」優羽はハルに言った。
「良くねえよ。お前は甘いんだよ……」ハルは優羽を見ながら言った。
また沈黙状態が続いた。
ハルは何か考えてるようだった。
「しょうがねえな…」ハルが沈黙をやぶり言った。
「俺の弟分の後輩になるなら考えてもいいぞ」
「え?」
優羽とナルホストが同時にハルを見た。
「どうなんだよ?」ハルがナルホストに言った。
「えっと…優羽の後輩って事っすか?」ナルホストがハルに聞いた。
「ああ、そうだ。嫌なら消えろ。」ハルが容赦なく言う。
「い、いえ。やります。やらせて下さい。俺、心を入れ替えて、がんばります」ナルホストが立ち上がりながら言った。
「よし!それじゃ、優羽。今日からこいつの教育係だ!しっかりしつけろよ。」ハルが優羽の肩に手を置いて言った。
「え?え〜!ハルさんちょっと待って下さい。俺、自分とハルさんの事でいっぱいいっぱいです」優羽が同様しながら言った。
「あ?俺の世話が大変って事か?ああ?」ハルが優羽に言った。
「や、いえ…」わがままな先輩の世話が大変だとは言えない優羽。
「よし、じゃぁ、ナル!先輩の言う事は良く聞くように」ハルがナルホストに言った。
ナルホストはみんなにナルと呼ばれていた。
「はい!ありがとうございます、ハルさん。優羽!よろしくな。」ナルがハルにお礼を言い、優羽に軽く挨拶した。
「おい!先輩には敬語だろうが!このバカが!優羽もなめられんじゃねえぞ!」ハルが言った。
「すいません…優羽さん、よろしくお願いします。」ナルが言い直した。
「あ、うん」優羽は短く返事をした。
ハルはニヤっと笑い、控え室を出て行った。
「優羽さん…こないだは、ご両親の事、ほんとすいませんでした。」ナルが優羽に頭を下げた。
「その事はもういいから」優羽が言った。
「あのさ、ハルさんは社長の息子だからナンバーワンな訳じゃないよ。ハルさんも苦労して頑張って人気集めて、ここまで登りつめたんだ。その事覚えといて。」優羽がナルに言った。
「はい」ナルもそれに答えた。
優羽はハルの言った事に従い、自分よりも年上のナルを後輩にする事を決めた。
この日が優羽に初めて後輩ができた日になった。