友達の代わりに合コンに参加した結果、運命の相手と出逢いました
恋愛なんて、一生自分に縁のないものだと思っていた。
葉山三郎、大学二年生。経済学部所属の学生で、どちらかというと真面目な方だと思う。
サークルやゼミに所属しているわけではなく、その為交友関係も極端に少ない。
バイトはスーパーマーケットでの品出し。休みの日は、専ら自宅で動画視聴やゲームに勤しんでいる。詰まるところ、完全なるインドア派だ。
因みに彼女はいないし、過去を振り返ってもいたことがない。
以上が、俺のプロフィールだ。
数少ない友人には「そんな人生で満足しているのか?」と聞かれるが、そんなもの満足しているわけないだろうに。
やり甲斐のある仕事がしたい。お金がめっちゃ欲しい。彼女だって作りたい。
前者2つはなかなかハードルが高いかもしれないけど、最後の1つ、彼女を作ることに関しては、努力次第ではなんとかなるかもしれない。今日日、マッチングアプリというものもあるわけだし。
だけど俺は、そういった努力をしない。理由は簡単。彼女は欲しいけど、努力をしてまで欲しいとは思っていないからだ。
彼女が出来たら儲け。そのくらいの恋愛価値観なのである。
だから先程の「そんな人生で満足しているのか?」という問いに正しく答えると、次のようになる。
「満足はしていない。でも、不満もない」、と。
今に不満がないのなら、現状維持が出来ていれば良い。少なくとも今の生活を保っていれば、不幸になることはない。
だから俺は、変化を求めていない。筈だったのに――
「ねぇねぇ。葉山くんはさ、犬と猫ならどっちが好き?」
「……犬かな」
「だよねー! なんていうか、犬っぽい顔してるもん!」
「……個人的には、セント・バーナードに似てると思う」
「セント・バーナードって! そのチョイス、ウケるんですけど!」
現在俺は、大学近くの居酒屋で酒を飲んでいる。……数人の男女と一緒に。
そう。どういうわけか俺は生まれて初めて、合コンというものに参加しているのだ。
◇
どうして俺が柄にもなく合コンなんぞに参加しているのか? それを説明するには、少し時を遡らなければならない。
昼休み。俺は学食で友人の仁井圭介と一緒に昼食を取っていた。
「ねぇ、三郎。折り入ってお願いがあるんだけど」
「何だ? レポートなら写させないぞ」
「それはまた今度、「つまらない物」を添えて頼みにくるから。……今日のお願いっていうのは、レポートじゃないんだ。実は出席代行をお願いしたくて」
出席代行とは、その単語が表す通り講義に代わりに出席することである。
大学の講義の大半は名前を書くだけで出席扱いとなり、高校みたいに一人一人名前を呼んだりしない。
だから出席日数が足りない時なんかは、友人同士で代行を頼むことが多々あるのだ。
「4限は自分の講義があるから、それ以外なら構わないぞ? で、何の講義だ?」
体を動かすのは苦手から、運動系の授業はやめて欲しいものだ。
しかし圭介がお願いしているのは運動系の授業ではなくて。それどころか、大学の講義への出席代行ですらなかった。
「お願いしたいのは、講義の代行じゃないんだ。合コン、なんだよね」
「合コンか……悪いが俺、あまり歌上手くないぞ?」
「いや、合唱コンクールじゃないから。合唱と合掌をかけて、手を合わせなくて良いから」
どうやら圭介の言う「合コン」とは、本当に合同コンパのことらしい。
俺みたいな男に代行を頼むくらいだから、合唱コンクールの方が可能性が高いと思ったのに。
「合コンなんて、お前が大好きな場所じゃねーか。何で行かないんだ?」
圭介は物腰柔らかそうに見えて、実はドン引きする程の肉食系だ。
超が付く程の女好きで、現在も五股をかけている。
そんな圭介が合コンの誘いを蹴るなんて……一体どれ程大切な用事があるんだろうか?
「行きたいのは山々なんだけどね……今日の夜は、彼女と過ごすことになってるんだ」
「……彼女って、どの彼女? もしかして美人なお姉さんと、いけない夜でも過ごすつもり?」
「違う違う。ヤンデレ系幼馴染の方。……今日、あいつの誕生日なんだよね」
「……そりゃあ、祝わないわけにはいかないよな」
去年のことだ。圭介はうっかり幼馴染の誕生日を忘れてしまったらしい。
すると幼馴染は、カッター片手に彼の家に押しかけてきたとか。
「ねぇ、どうして私の誕生日祝ってくれないの? 私がこの世に生まれてこなかったら良かったって、思ってるから? ……そっかぁ。圭介に愛されないなら、私が生きている意味なんてないよね。死ぬしかないよね。丁度良いところにカッターがあるから、これ使っちゃおっかな。でも一人で死ぬのは怖いな。そんな勇気なんてないな。そうだ! 圭介、一緒に死の♡」
その話を聞いて俺が更に恋愛から距離を取ったことは、言うまでもない。
流石の圭介も、学習したのだろう。同じ過ちを犯さないよう、貴重な女遊びの時間を放棄しても今夜は幼馴染と一緒に過ごすみたいだ。
「というわけで、僕は合コンに参加出来ない。だけどそうなると、男側の人数が不足しちゃうんだよね。そこで! 三郎にピンチヒッターをお願いしようと思います!」
「それは別に構わないけどよ。……俺、期待には応えられないと思うぞ?」
代打・葉山三郎は、恐らく盛大に空振り三振して帰ってくるであろう。
◇
――現在。
合コンに来ても空気と化すだけだと思っていた俺だったが、想像以上に女の子たちに持て囃されていた。
こんな冴えない俺が女の子たちに囲まれるなんて、普通に考えてあり得ない。きっと圭介の友達というのがプラス要素になっているのだろう。
ひっきりなしに話しかけられるので最初は楽しい思いをしていたものの、段々と同じような会話の繰り返しに飽きてきていた。
「三郎くん、マジウケるんですけど」
いや、何もウケねーよ。お前さっきから「ウケる」しか言ってないじゃん。
合コン開始の時と比べたら、俺は明らかに口数が減っていた。
「ちょっとトイレに行ってくる」
逃げるように、俺はトイレは向かう。
トイレから出ると、出入り口のところで参加者の女の子の一人と出会した。
名前は確か……伊集院楓だったか? 彼女だけ唯一俺に(というより、他の男子にも)話しかけてこなかったから、逆に記憶に残っていた。
「よう」と声をかけると、伊集院さんも俺に気付いたようで。会釈を返す。
「葉山さん……でしたよね? こんなところで何をしているんですか? 女の子たちが、待っていますよ」
「それはそうなんだが……」
「もしかして、「だから」帰らないんですか?」
まるでこちらの胸の内が見透かされているようで、少し恐怖を覚えた。
……あぁ、そうだよ。俺はあの空間にいたくなかったから、未だに逃げ続けているんだよ。
「楽しくないんですか?」
「……いや、そんなことないさ」
「そうですか。それにしては、どこか嫌々会話していたように見えたので。……因みに私は、楽しくないです」
楽しくないことを気取られないように努めていたが、まさか見抜かれていたとは。この女、只者じゃない。
「元々私は人数合わせで無理矢理連れてこられただけなんですよ。だから、正直合コンとか恋愛とかよくわからないというか。興味がないわけじゃないんですけどね」
人数合わせで、無理矢理合コンに参加している、か。圭介の代行として合コンに参加している俺と、似たような境遇ってわけか。
この子になら、建前抜きの本音を話せる。これといった理由はないけれど、不思議と俺はそう思った。
……折角の合コンだ。少しくらい、素の自分を曝け出してみるとしよう。
「悪い、さっき嘘ついた。本当言うと、俺もあまり楽しくないわ。あぁいう空気に馴染めないんだよな」
「そうだったんですか。私たち、案外気が合いますね」
クスッと笑みを溢した彼女は、なんともまぁ可愛らしかった。
◇
翌日。
この日も俺はいつもと同じように、圭介と昼飯を食べていた。
食事中の話題は、昨日の合コンだった。
「で、どうよ? 彼女が出来たりした?」
「こっちは合コン初心者なんだぞ? そんな簡単に出来るかっての」
「だよね。……因みに、可愛い子はいた?」
「それは……」
真っ先に思い浮かんだのは、伊集院さんだった。
容姿はさることながら、自分と酷似している価値観もまた、魅力的だと感じてしまったのだ。
「……いなかったぞ」
「待って。何、今の間?」
俺が伊集院さんのことを考えていたのは、ほんの数秒のこと。しかし圭介はその数秒すら見逃さなかった。
「三郎のことだしどうせ「ろくな女がいなかった」って吐き捨てると思っていたんだけど……え? もしかして、気になる子でもいた?」
「……悪いかよ」
「悪いわけないよ! 僕は嬉しいんだ! なんたって、とうとう三郎にも春が来たんだから!」
余計なお世話だと言いたかったけど、伊集院さんと出会えたのは圭介が合コンの参加資格を譲ってくれたからだ。そう考えると、彼を無碍には出来ない。
そんなことを考えていると、俺は背後から話しかけられる。
「隣、良いですか?」
「どうぞ。……って、伊集院さん?」
席なんて他にも沢山あるというのに、わざわざ俺の隣に座ろうとする奇特な女学生は……他ならぬ伊集院さんだった。
「昨晩ぶりです、葉山さん。お見かけしたので、声をかけさせて貰いました」
「それはご丁寧にどうも。……本当に俺の隣に座るの?」
「誰かと一緒に食べる約束をしているわけではないので。それとも……迷惑ですか?」
「そんなことはないけど……」
「でしたら、失礼します」
伊集院さんは半ば強引に、俺の隣席に座る。
ついさっき彼女のことが気になっていると自覚したばかりなので、俺は動揺を隠し切れていなかった。
ソワソワしている俺を見て、圭介は何かを察したように「ハハーン」と呟く。
「ねぇ、伊集院さん」
「何でしょう?」
「嫌じゃなかったらで良いんだけど……こいつと連絡先交換してくれない?」
俺を指差しながら、圭介は言う。
お前、なんて要求しちゃってんだよこの野郎!
好意を自覚した直後に拒絶されたら、多分一週間は再起不能になると思う。果たして、伊集院さんの返事は――
「良いですよ」
あっさりOKしてくれた。
流れに従い、俺は伊集院さんと連絡先を交換する。
……どうしよう。気になっている子の連絡先を、手に入れちゃった。
「ついでに、僕とも交換してくれないかな?」
「お断りします」
圭介も自身のスマホを出したわけだが、伊集院さんは彼の申し出をきっぱり拒絶した。
「好きでもない人と、連絡先を交換したくありません」
その理屈だと、連絡先を交換した俺のことは好きってことになるんですけど?
やはり伊集院さんは変わっている。彼女の真意が、まるでわからない。
まぁそういうミステリアスなところも、魅力の一つなんだけどね。
◇
昼休みが明けて、3限の講義の途中、早速伊集院さんからメッセージが届いた。
『こんにちは』
たった5文字のファーストコンタクト。いくら待っても続くメッセージが送られてこないので、俺も『こんにちは』と返すことにした。
『折角連絡先を交換したのでメッセージを送りたかったのですが、特に用事もなかったので、取り敢えず挨拶をすることにしました』
予想の斜め上の発想に、俺は講義中であることを忘れて吹き出してしまった。
相変わらず、伊集院さんが何を考えているのかわからない。だけど意味のないメッセージを送ってでも、彼女は俺と話したいと思ってくれている。
そう考えると、「こんにちは」の5文字にすらドキドキしてしまう。
恋愛なんて、自分には縁のないものだと思っていた。
これから先も勉強や仕事やゲームに時間を費やして、一生恋をすることなく過ごしていくのだと思っていた。
でも……どうやらそれは違ったようだ。
認めよう。俺は伊集院さんに惚れている。
圭介の代行で嫌々参加した合コンで、俺は運命の出会いを果たしたのだ。
願わくば、伊集院さんと付き合いたい。でもそれは、ハードルが高いのではないだろうか?
なぜなら伊集院さんは俺と同様に、自分は恋愛と縁がない存在だと思い込んでいるのだから。
『今、何を考えていますか?』
『伊集院さんのことを考えている』
『嬉しいです』
『俺は恥ずかしい。でも……伊集院さんは俺のことなんて考えていないんだろ?』
少し攻め過ぎた質問だったかもしれない。だけどこれは聞いておかなければならない、重要なことなのだ。
伊集院さんも俺を好きでいてくれているのか? それとも全くの脈なしなのか? 次に送られてくるメッセージが、彼女の気持ちの全てを物語っている。
そしてようやく送られてきたメッセージは――「はぁ?」と言う猫のスタンプだった。
これは一体……どういう意味なのだろうか?
悩んでいると、伊集院さんからネタバラシのメッセージが送られてくる。
『昨晩言いましたよね? 「私たち、気が合いますね」って。葉山さんが私に興味を持ってくれているのならば、私も同じように考えているに決まっているじゃないですか』
キーンコーンカーンコーン。講義終了のチャイムが鳴る。
学生たちは、そそくさと教室から出て行く。最後まで残っていたのは……俺と伊集院さんだった。
伊集院さんは席を立つと、俺に近づいてくる。
そして俺の目の前で立ち止まった。
「自分の抱いているこの感情が恋かと聞かれると、正直わかりません。なにせ私は恋をしたことがないのですから」
「俺は多分伊集院さんに恋をしている。だけどそれを証明することは出来ない」
「でしたら二人で証明していくとしましょう。一先ず私たちが今抱いている感情が、恋であると仮定して」
互いに恋愛感情を抱いていると仮定して交際するなんて……伊集院さんは突拍子もないことを言う。本当、変わり者だ。
だけど、それで良い。いや、そこが良い。
「そういえば」と、伊集院さんは苦笑いをする。
「今だから言いますけど、実は私昨日「合コンに行こう」と言われて、てっきり合唱コンクールに行くものだと思っていたんです。だってまさか私が合同コンパに誘われるなんて、思いもしませんでしたから」
合同コンパと合唱コンクールを勘違いするとは。それはまた、なんとも気の合う勘違いだことだ。