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苦手な方はご注意ください。

イスカディ王国とエウスカ辺境伯物語

不幸にも王妃になってしまうお話

作者: 海庵

【あらすじ、預かり知らぬ→与り知らぬ】 この国の王家は双子や王子が三人である事を不吉であると嫌う。

 イスカディ王国の公爵令嬢であるクリスティナ・イスガルドはそのような事は馬鹿げた迷信に過ぎないと呆れていたものだ。今代の王は王子が三人生まれた後、男子が続かず王妃まで積極的に愛妾を作ってでも王子を産ませようとするのを見て不遜にも王家が迷信に振り回されるのは為政者としてどうなのかと考えていた。

 だが、自分にその不吉が降りかかるとこの国の王家はそういう宿命を背負っているのかと迷信を信じたくなる。


 クリスティナが第三王子であるアリツ・イスカディと婚約したのは一切の余地なく政略的な理由である。

 王家のスペアであるイスガルド公爵家が王家との関係が薄くならないように、かといって王の外戚となりイスガルド公爵家の権勢が大きくならないように、王家とイスガルド公爵家のために結ばれたクリスティナとアリツ王子を道具としての関係だった。そう、しばらく前までは。


 不吉の始まりは国王が病に倒れた事だった。今代の王は優れた政策を打ち出すような事はなくどちらかといえば寵臣に乗せられ失政をする事の方が多いような人だ。それでも国王としての信望があったのはその政策に反対した家臣を処罰するような事はなく、実施後に失政であるとのデータを集め説得されれば撤回出来る度量があったからだ。これは王として得難い素質であるとクリスティナの父、イスガルド公爵は度々褒めていた。


 第二の不幸は国王が病床にある中、王太子が急死した事だ。

 王太子は既に国王の政務の代行すら始めて次代の王として群臣の高い期待を背負っていた。その王太子の急死はイスカディ王国に大きな衝撃を与えた。


 第三の不幸は王太子は毒殺され、その犯人はアリツ第三王子であり、イスガルド公爵家を後ろ盾として第二王子をも排除して王位を簒奪しようとしたのだという噂が流れ始めた事である。

 当然噂は信用されているわけではないが、イスガルド公爵もアリツ第三王子も元々野心もなく王位はおろか不信感を持って調査していた王太子の急死についても身動きが出来なくなった。なんといっても噂を助長する効果しかないのだから。



 そんな情勢の中、イスガルド公爵家に珍しい来客が来た。


「エウスカ辺境伯様が?」

「はい、旦那様と辺境伯様がお呼びとの事で……」

「わかりました。すぐに、伺います」


 エウスカ辺境伯、イスカディ王国建国以来の名門。『伯』などと言えば我が公爵家よりも格下のように思えるが実質的には王家に匹敵する歴史と王家すらも上回る功績があり、王国とは別の国家と言ってもいいほどの存在である。王都の民ですら王家はなくとも辺境伯があれば王国は揺るがないなどと言っていると聞く。


「クリスティナです」

「入りなさい」


 近くに寄る事を許されていないらしく、使用人のいない応接室のドアを叩くと父の返答が聞こえたので入室する。


「クリスティナ・イスガルドです。辺境伯様にはご無沙汰しております」

「クリスティナ嬢は随分お綺麗に! これはアリツ殿下が羨ましい! ああ、失礼。これでは帰ったらまた妻に叱られる」


 辺境伯様はわざわざ立ち上がり下らない冗談を言いながらまるで自分の屋敷のように私の手を取って座らせる。


「王太子を毒殺して、アリツ殿下の噂を流したのはレオ第二王子で~す」

「「は?」」


 座った途端に発せられた辺境伯の言葉に私と父は思わず硬直する。


「王太子の死からアリツ殿下の噂が出る手回りの良さを疑問に思って調べれば出るわ出るわ。ありゃ真っ黒だね」

「ですがエウスカ卿、不審なところはありましたがそんな毒殺に繋がるような証拠は……」


 途中で打ち切らざるをえなかったといえ調査をしていた父が疑義を挟む。


「毒は彼奴らの中で使われている特に秘密にされているものだった」

「まさか…… 王族がイスーラ教国に通じて……」

「別に初めてではないだろう?」


 ふざけた態度と口調の消えた辺境伯がはっきりと言う。確かに王族がイスカディ王国の宿敵イスーラ教国と通じたのは初めてではない。

 正確に言えば今のように国王が倒れ、王太子が急死し、王位を争った当時の第二王子と第三王子が教国を引き入れたのが王国興廃戦争と言われる二十年に渡り国土を荒らした戦乱であり、王国と教国の長年の敵対関係の始まりなのだから。


「イスガルド卿、今ここにいる兵は何人だ?」

「騎士が十五、簡単な戦闘に耐えうる者は三十でしょう」

「一気にレオを押さえる」

「しかし、近衛と国軍は……」

「動かさんし動く前にやる。内紛に十全はない。時間をかけて上手くやるというのは愚かだ。だからこそ今尻尾を掴んでいる。ならば後は頭を潰すだけだ」


 父は動揺している。当然である。クーデターと言っていい行動をするのに真偽すら考える時間を与えられてないのだ。


「これは辺境伯様に何の利があるのですか?」


 エウスカ辺境伯家は分家を常駐させているだけで王都にあまり近寄らないし、ましてや王権の争いに首を突っ込む事はなかったと聞く。


「ふ、簡単な話だよクリスティナ嬢。私は先祖のようにあんな面倒事をやって勝つ自信もなければ面倒事を先延ばしにするつもりもない」


 面倒事…… 北の帝国、南の教国、二つに分かれた王国、全てを破って王国を再興した伝説的行為すら辺境伯家にとっては面倒事なのか……


「アリツ殿下は今、幽閉されている。レオはアリツ殿下の処刑と共に立太子を宣言するつもりだ」


 アリツ様が死ぬ? 不愛想で素っ気ない私を押し付けられたにも関わらずいつも気をつかってくだされていたあの人が……


「それとこれは先程掴んだのだが宮城内で王太子妃が殺害された。エスタディオ候は何があろうとレオにはつかんからな。ただの腹いせだろう」


 あの、花のように柔らかで私に妹となってくれるのが嬉しいわ。と良く構ってくれていたあの人が……


「……辺境伯はいかほどの兵を動かすのですか?」


 辺境伯がここまでして私たちを嵌める理由はない父も覚悟を決めるようだ。


「12、私を含めれば13だな」

「なっ……」


 あまりにも少ない数に驚く。辺境伯家ならば分家を合わせかなりの数を動かせる筈だ。


「我らはエウスカ辺境伯、イスカディ王国最強の弓矢にして剣、レオ如きどこにいようと13もいれば百度でも殺して見せる。むしろそちらが45でアリツ殿下を救えるか?」


 辺境伯がもたらすアリツ殿下幽閉の情報を父が唸りながら聞いている。


「なんとか。こちらの被害は避けられませんが情報通りならいけるかと」

「それとクリスティナ嬢も同行させるのだ」

「バカな!娘は足手纏いにしかなりませぬぞ?」

「王都の民は見るだろう、深夜騒乱の起きた宮城を不安げに、やがて陽が登っていき宮城が照らされていく中、朧げに目にするのだ無実の罪で幽閉されながらも気高くあり、忠臣たちにより救い出されたアリツ王太子と彼を信じ、支え、側に立つクリスティナ王太子妃を」


 すっくと立った辺境伯がまるで演劇のように身振り手振りで話を進めていく。


「そして王命により叛逆者レオは誅殺され、苦難を乗り越えた若き二人がこれからのイスカディ王国を率いていくことが高らかに宣じられ、王都の民は未来に希望を持ち二人に大きな拍手と歓声を向けるのだ」


 まるで既成事実かのように流麗に話す辺境伯に唖然とする。


「そのために辺境伯の分家の方々がもう動いているのですか……」


 父が苦虫を噛み潰したような顔で辺境伯を睨みつけている。


「だが、選択肢はまだイスガルド公にある」

「だが、それを選ばなければ辺境伯家は新たなる内乱をやり過ごすために領地を守り、我々は、娘は叛逆者としてレオから追討を受ける」


 総毛立つような父と穏やかな辺境伯が睨み合う。


「ふ、なるほど。辺境伯家はこうして前面には出ず、しかし要所を押さえ、『エウスカ辺境伯なくばイスカディ王国なく、エウスカ辺境伯あらばイスカディ王国あり』とまでの存在であり続けたのですか。良いでしょう、私は忠臣となり、アリツ殿下と娘には英雄になってもらいます」


 辺境伯から目を離した父は扉へと顔を向ける。


「ニコ!騎士を全て準備させろ!武器を扱える者にも武装をさせる!何!違う!戦だ!イスガルド公家が王国を救うのは今しかないのだ!急げ!」


 今までに聞いた事もないような声で父が指示を飛ばす。


「クリスティナは朝になれば民衆の前に出ねばならん。おそらく着替える暇ない、華美でも地味でもないな、その服は動きやすい方か?」

「はい、私の持つドレスの中では邪魔にならないと思います」

「ならその格好で良い、クリスティナ……いや、行くぞ!」


 父が何を言おうとしたのかは分からない、だが、とても哀しんでいるように私の目には見えた。



 幽閉されていたアリツ殿下の救出は呆気なく終わった。先陣を切って宮城に突入した辺境伯家の兵が強かったのもあるが、レオも宮城内を掌握し切れてなかったのだろう、警護の兵達も最初は抵抗するもののアリツ殿下を救出しに来たのだと知ると逆に協力する者までいた。


「クリスティナ、すまない。もう君の望んでいたような与えられた所領で穏やかに暮らさせる事は出来そうにもない……」


 アリツ殿下が最初に私にかけてくれたのは謝罪の言葉だった。王弟として与えられた所領で喧騒のない静かな生活をしたいと二人で話していたのだ。


「もし、もし、君が」

「私はアリツ様と共にあります。そう決めたのです。それとも妃として私は相応しくありませんか?」

「いや、君しかいない。兄も義姉も君の事はいつも褒めてた」

「ならば共にいさせて下さい」


 私は幽閉で少し痩せた殿下の胸で思わず泣いてしまった。


「良い場面の所に悪いが勅命だ」


 突然の声に驚いて視線を向けると血塗れの辺境伯が父に向かって勅命だという書簡を差し出していた。


「へ、辺境伯、傷は大丈夫なのですか!」


 私は呆然としているしか無かったが父が勅命を受け取りながら問いただす。


「ふん、返り血だけだ。念の為に下に着ていた鎧が無駄になった。とはいえ流石にレオも護衛には従う奴しか集めてなかったからな。全員斬る羽目になった。」


 辺境伯が王国最強の弓矢であり王国最強の剣というのも頷ける恐ろしさだ。


「レオの首は公の騎士に預けた。外の仕込みも終わっている。面倒事は嫌なのでここで退散させてもらうよ」

「エウスカ辺境伯!」


 立ち去ろうとする辺境伯をアリツ殿下が厳しい声で呼び止まる。


「愛する女に望むような結婚生活をさせてやれないのを怨むのはご自由ですが、イスカディ王国とエウスカ辺境伯に関わった事の不運を嘆く事ですな」

「例え、望んでいた形とは変わったとしてもクリスティナは幸せにして見せる。ただ、この怨みは貴方を散々働かせる事で晴らす事にする」

「ちょっと待って下さいよ!それは勘弁して下さい!怨んでもいいとは言ったけど仕事増やすのは無しですよ!」


 こうして王太子急逝に端を発したクーデター時間は終わりを告げた。

 アリツ王太子とクリスティナ王太子妃は叛逆者を討ち取った英雄として愛され、即位後の治世も穏やかであり、その仲睦まじさも国民の範になったという。

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