第2レース 第2コーナー 外出
そして、あっという間の日曜日。
教官室に面した廊下で、私服姿のオレたち五人はサクラ教官と小窓越しに向かい合っていた。イメージとしては、町の古い病院の受付に立っているような格好だ。
「にしても珍しいな。お前たちが五人揃って出かけるとは」
外出許可の書類にペンを走らせつつ、サクラ教官は驚きの表情を隠そうとしない。
まぁ、オレたちが揃って出かけるのは入学してから初めてのことだ。当然といえば当然か。
「一抹の不安があるが……、藤澤と端口が一緒なら安心だろう。問題児たちの引率、しっかり頼むぞ。二人とも」
「はい、心得ています教官。……わっ、ちょっと! 何するのよ!」
サクラ教官の命令に真顔で頷く藤澤カオルを押し退け、オレと忍は「「それって、ヒドくないっすか、サクラ教官!」」と小窓に食いついた。
もちろん、本当に小窓に歯を立てたわけではない。ただ顔を近づけただけなのだが、これによりサクラ教官の整った顔が超至近距離で、どアップとなった。オレたちの勢いにサクラちゃんは全く動じず、引かず、眉すらも動かさない。
「ふん、普段から問題ばかりのお前たちを外に出すのがどんなに不安なことか……」
「「うっ!」」
サクラちゃんは椅子に背中を預けると、両目を閉じながらボールペンをこめかみに当ててグリグリと動かした。その直後、
「まぁ、恥を晒さぬくらいには思いっきり楽しんでこい」と、苦笑した。
「「はい! 行ってきます!」」
オレたちは声を揃えて、満面の笑顔で答えた。
なにせ、久々の外出。ワクワクしないわけがない!
競馬学校を十時に出発したオレたちは、電車で東京を目指した。
途中電車を乗り換え、およそ一時間で東京駅に到着。空腹を訴え始めた腹を黙らせるため、普段は入ることがないアメリカ発のバーガーショップで昼飯を済ませた。そのまま、買い物へと流れ込む。
初めは、銀座。
「ほら、キョロキョロしない! 田舎者丸出しでしょ!」
藤澤の声も右から左へ受け流し、オレと忍は高層のビルを見ながら歩く。
「不思議だ!」
「ああ、まったくだ。なぜかビルを見上げてしまう!」
「「ビルを見上げる者を田舎者と呼びたくば呼べ!」」
オレたちは肩を組み、構わず視線を上に向けて歩いた。
「フン、まったく。煙と○○は高い所が好きっていうのはよく言ったものね」
シレっと言い放った藤澤カオルに、握りしめた拳を振りおろそうとしたオレだったが、背後から吹雪と大樹にしがみつかれ、銀座で大乱闘を披露するにはいたらなかった。
まぁ、良しとしよう! ここで流血沙汰にでもなったら、サクラ教官が血の涙を流しそうだ。
場所を移動して新宿、某百貨店内。
「で、景品は何にするか決めてきたの、音梨?」
「うーん、やっぱ身に着ける物がいいんじゃないかと」
鋭い視線を向けてくる藤澤に、オレは昨晩用意した答えを返した。
「たとえば、指輪とかネックレスとかかなー、アオ君?」
「そうだな」
「じゃぁ、これなんてどう?」と、藤澤がショーケースの中の指輪を指差した。
「「ダメだ、高すぎる」」と、オレ&忍が即答した。
「おまえ、やっぱお嬢様だろ。金銭感覚おかしいぞ!」と続けたオレは、藤澤が選んだ可愛い系の指輪の値札を指差した。金糸の縁どりの真ん中に描かれた値段は「350,000円」とある。
「いや、ゼロの数が多すぎだろ! 少なくとも一つは確実に多い! それにデザインが女子向け過ぎる!」
「ふん、なによ。五人で割れば七万円じゃない。無理な金額じゃないわよ」
拗ねる藤澤に対し、彼女以外の同期は首を左右にフリフリ。反対の意志を示した。まぁ、コイツが少々頬を赤らめているのは、自分でも高すぎるという自覚があるからだと信じたい。
とにかく。苦笑する売り場のおねぇさんを残し、オレたちは表参道、渋谷へと足を延ばした。
行きついたのは、小さなカジュアルショップ。
「これなんてどうだろう?」
大樹が提案したのは、大粒の宝石を乗せた重厚な造りの指輪だった。
「ああ、カレッジリングね――」
顔を覗かせた藤澤が「悪くないわね」と続けた。
「カレッジリング?」
聞きなれない言葉にオレと忍、さらに吹雪が首をひねる。
「海外の大学とかで卒業のときに造るリングのことだよ。誕生石をつけたり、学校名や自分の名前を刻んだりするんだ」
「「「へっー」」」と、オレたちは関心の声を上げた。
「そうね、だいたいは端口君の言うとおりね。でもそもそもカレッジリングは『チャンピオンリング』って言って、スポーツの優勝者に渡すリングとされていたの。私たちの景品にはちょうどいいかもしれないわ!」
藤澤カオルの言葉に、
「おっー。じゃあこれにするか。値段も手ごろだし!」
オレは賛成の意を示した。
値札に手書きされた金額は六八〇〇円となっている。だが、既存の商品に名前を入れるとプラス一〇〇〇円。さらに希望の石を選ぶと一〇〇〇円プラスしなくてはいけないらしい。つまり、オーダーメイドにすると税込みで一万円弱となる。
「いいんじゃないか。目立つし、宝石がでっかいのがいいよね!」とは、忍の言だ。
「おっし、じゃあこれで決まりだな!」
オレが決定を口にした時だった。意外な人物が口を開いた。
「ねぇ、みんな。これ、一人に一個ずつ作っちゃダメかなー?」
言葉の主に自然と視線が集まる。その先にいたのは邦枝吹雪だった。普段、みんなの意見に反対しない吹雪にしてはめずらしい行動だ。
「でもさ、一個ずつだったら優勝賞品の意味ないでしょ、ぶっきー」
「けどね、吹雪はこのライトブルーのリングがいいんだよ」
「オレは絶対蒼だな。蒼司の蒼!」「私は紫がいいわ」「ボクは黄色だね!」「自分は赤だ」
それぞれが望む色はバラバラときた。なるほど、そこに問題点があるとは……。
「ね。みんな欲しい宝石はバラバラだよ。だから優勝の景品より、みんなが仲間だっていう証に一個ずつ持つのはどうかな?」
「ま、まぁ、そうね。吹雪の言うとおり一個ずつ持つのも悪くないわね」
早々に、藤澤のヤツが吹雪の意見を擁護した。
お前はどんだけ吹雪に甘いんだよ、藤澤! まさかユリ!? ユリなのか!? などと、オレは頭の中で叫んだ後、
「でもさ、忍がさっき言ったけど、それじゃ優勝賞品の意味が無いだろ」
吹雪と藤澤の意見に真っ向から意見をぶつけた。
『チャンピオンレース』の景品。みんなに勝った証。今日はその為の景品を選びに来た。これをオレは曲げたくなかった。みんなで一個ずつ。その考え方も悪くない。悪くないが、でも、それじゃあ趣旨が変わってしまう。
「ねぇ、ねぇ君たち学生さん? よかったら色々と相談に乗るけど。どうかな?」
揉めていたオレたちに声を掛けてきたのは、ショーケースの向こう側にいた女性店員さんだった。その声から察するに若い人なんだろうけど……、果たしてこの人は何歳なのだろう? というのもこのおねぇさん、今日はハロウィンですか! という位のピエロメイクを顔面に施しているのだ。さらに、黒い革ジャンと黒の革のズボン。ヘビメタなんてよく知らないけど、そっち系の人なんだろうか? とにかく、競馬学校の学生であるオレたちとはかけ離れたおねぇさんだった。その年上な人に、オレは簡単に状況を説明する。
「へぇー。みんなは競馬学校に通う騎手の卵なんだ。それで、卒業レースの景品に指輪を考えていて、でも。そっちの彼女が言うとおり記念に一個ずつリングを作るか揉めてるんだ。なるほど、なるほど。素敵じゃない! んで、予算はどれくらいなの?」
「一人、五千円から一万円の間です」
「ふーん、最大五万円と……」
いや、しょっぱなから最大値での計算ですか! さすがは商売人!
ともかく大樹から予算を聞いたおねぇさんは、しばらく電卓を弾いていたが、
「じゃあさぁ、リングを六個作るのはどうかな? 一個は景品用。それとは別に各自一個ずつ仲間の証として持つの。それでどうかな?」と提案してきた。
「いや、でも六個じゃ予算をオーバーしますよね」
控えめに大樹が聞き直した。たしかにそうだ。名前を入れて石を選んだら、五個で五万円。六個なら六万円近くになるはずだ。
しかし、おねぇさんはニコリと笑う。
「うん。だからサービス! 希望の石に、名前も入れて……、そうねデザインにも馬を入れちゃおう。走っている姿か、馬の顔のシルエットなんてどうかな。それできっかり五万円!」
彼女の言葉にオレたちは顔を見合わせた。悪くない提案だ。
「でも、そこまでして頂いて採算は取れますか? ひょっとしてお店の人に怒られませんか?」
真っ当な意見担当の大樹が、電卓を差し出したおねぇさんに訊ねた。
「うん? だってここ私が経営するお店だもの。私がオーナーだよ。だから怒られる心配なんて全然ないわよ」
「「「「「!? ええっー」」」」」
目を丸くするオレたちの前で、おねぇさんは笑顔のままで胸を張った。
「君たちだって夢を叶えるために頑張っているんだよね? 私もそう。今はこんな六畳にも満たないお店だけど、いつか大きなお店を持つのが夢なの。だから今回の注文は私から君たちに向けた応援と思ってちょうだい。それで、お金持ちになったら、ちゃんと恩返しに来てね」
ウインクをしてみせたおねぇさんに、オレたちはリングを注文することを決めた。
「納期は二ヶ月ほど欲しいし、それに返品はNGだよ。OK?」
「はい。大丈夫です! よろしくお願いします」
何故だか自分でも分からないが、自然とオレの口からおねぇさんに敬語が漏れていた。
こんなに礼儀正しいオレはめったに出てこないはずなんだが……。
十月第二週の木曜日、第一回目の模擬レースは行われた。
ダート1000メートルとダート1700メートルの2レース。
その日は一般の人々にも学校が開放され、先輩の騎手もレースに参加するべく訪れた。
午前に1レース。午後に1レース。その後、先輩騎手たちとのトークショウを終え、オレたちは一六時にやっと解放された。しかし、聞いていたけど本当に千人以上の人が見学に訪れたのにはびっくりだった。今日は平日だぞ! うーん。競馬人気も中々というところだ。
で、暇になったオレたちはというと、校舎の脇、非常階段に陣取っていた。そこで、サクラ教官が差し入れてくれたドリンク片手に雑談中だ。
「ダ、ダメだー。終わった~~~~」
両手で頭を抱え、ずずーんと落ち込んでいるのは、2レースとも成績が振るわなかった忍だ。ちなみに忍の結果は、ドべとブービー。先輩たちが四人来襲したので、オレたち五人と合わせると、忍は9着と8着だったことになる。
ちなみに、『チャンピオンレース』の成績はポイント制で次のようになる。
1着10ポイント。
2着7ポイント。
3着5ポイント。
4着3ポイント。
5着1ポイント。
そして、5着以下にはポイントが入らない。
「そう、落ち込むなって。なんとかなるって忍」
「で、でもぉ……」
そんなに涙目になるなよ忍。お前って意外と情けないよな……。
「あのなぁ、言っとくけどオレだって7着と3着だぞ」
「そうだよ、シノブン。吹雪はねー、4着と9着だからねー。うーんと、3ポイントだよ。アオ君は5ポイントだよねー」
「そうそう、そうだよ。まだまだぜんぜん巻き返せるって! 何とかなるって! 今日は先輩たちがいたからポイント取るの、ぜってーむずかしーって!」
「そうだよー、シノブン。何とかなるよー」
などと、オレと吹雪が忍を励ましていると天敵がやってきた。
「何とかなる。ですって?」
氷のように冷たい空気を纏った藤澤カオルが口を開いた。
「あのねぇ、世の中そんなに甘いわけないじゃない。それに、今日みたいに先輩が来てくれる時こそ意味があるんでしょ。デビューしたら待ったなしで先輩と戦うことになるのよ! なんとかなるなんて大甘ね、大甘!」
腕を組んで言い切った藤澤は、本日2着と5着といった好成績だった。つまり、8ポイントをゲットしている。
まぁ、言いたいことは分かる。だがちょっと待て。オレたちの言葉で「そうかなー。そうかもなー」と復活しかかっていた忍が、今のお前の台詞でまた落ち込んだじゃないか! 忍は両手両膝を地べたについて落ち込んでいる。まったくどうしてくれるんだよ!
「ふん! ちょっとスタートが良かったからって、いい気になんなよな、藤澤」
オレは忍へのフォローも兼ねて声を大にして言ってやった。そう、声を大にしてだ。
ダート、つまりコースが砂のレースは先行が有利だ。とくに距離が短いレースでは重要で、スタートが良いイコール好成績につながる可能性が高い。もともと藤澤はスタートセンスが良いのだが、今日の彼女のスタートはとくに冴えていて、先輩たちにも負けてなかった。
「オレたちだってスタートさえ決めれば、なんとかなるさ!」
ちなみに、この言葉も忍へのフォローだ。……けど、藤澤の言っていることも間違っていない。
オレたちは高校を出て、すぐに就職する学生と同じだと思う。騎乗技術という技能を身に付けて、プロとして仕事をしていかなくちゃならない。もちろん、先輩たちの方が技術は高く、先輩が知っていて、オレたちが知らないことも多いだろうし、ミスをするのもオレたちの方が断然多いはずだ。それでも、戦ってゆくしかないのだ。
そうだ。オレも知らないわけじゃない。世の中はそんなに甘くない。
騎手と言っても様々だ。年間億に届く金額を稼ぐ騎手もいれば、勝ち鞍――いや、騎乗機会に恵まれず、なんとか食っていけるくらいの収入という騎手もいる。一概にプロと言ってもピンキリなのである。いや、プロだからこそピンキリなのだろう。
そんな中で、「なんとかなる」というのは甘い考えかも知れない。
「ともかく。何とかならないのなら、何とかしてやるぜ! なんてったってオレはダービージョッキーになる男だからな!」
本当に先輩たちと競馬場で戦っていけるのだろうか? ともすればそんな不安に捕らわれてしまう。それを振り払うように、オレは声を明るくして言ってみた。
「ふん。アンタに何とかできる技術があるのかしら?」
「な、なんだとぉ! いー、だ。お前に言われたくないぜ、まな板娘!」
図星を衝かれたオレは、歯を見せて藤澤を小バカにしてやる。
間違いなく、技術では藤澤に敵わない。オレがコイツに勝てるのは、男と女ゆえの筋肉量とスタミナくらいなものだ。
「まな板娘ですって! アンタ、言っていいことと悪いことがあるって知っているのかしら!」
「まぁ、落ち着け、二人とも」
いきり立つ藤澤の肩を押さえて、大樹が会話に入ってきた。ちなみに、大樹も2着を一回取っていて、7ポイントを得ている。しかも、この2着のレースでは、(馬の)クビの上げ下げというところまで先輩に食らいついていた。
ホント、コイツもすげぇヤツだ。
「自分も藤澤さんの言うとおり、世の中に出たら「何とかなる」じゃなくて、「何とかする」しかないことばかりだと思う」
「そうよね」
大樹の加勢に、藤澤がウンウンと頷く。
「だけど、技術が足りないのなら気持ちで補うしかない。そういった意味では、蒼司の根拠のない自信も重要だ」
「根拠のない自信……。そりゃたしかに、オレには根拠となる技術なんて持ち合わせていないけどな!」
「いやいや、前向きに考えることは重要だという意味だ。自分は蒼司のそういう所は認めている。後ろ向きに考えて良いことは無いからな」
「おー、分かってるじゃん、大樹! ほら、ほら、な!」
なんだかんだ。大樹は藤澤とオレ、両方の意見を認め、この場の雰囲気を収めてみせた。たいしたもんだ。
「でも、今日やってみて分かったけど。先輩たちの騎乗技術は凄いわよ」
藤澤が誰に言うともなしに、ぽつりと漏らした。
「正直、どうやったら勝てるんだろうって思うほどにね」
そう、実は藤澤も2着を取ったレースで、あわや1着かと思わせる騎乗をしたのだ。まさしく渾身の騎乗だった。正直、後ろから見ていて、やりやがった! とすら思った。にもかかわらず、ゴール前でハナ差、先輩にかわされて藤澤は2着に終わった。
その後のトークショウで、藤澤は「やっぱり先輩にはまだまだ敵いません」と言って笑っていたけど、控室に戻って人目が無くなると、コイツは表情を殺したままボロボロと泣き出したのだ。
オレはふと思った。藤澤はきっと勝つつもりで騎乗していたんだ。だから悔し涙を流した。負けん気が強い藤澤らしいと思ったけど……、果たしてオレは、もし2着に終わった時、悔し涙を流せるくらい真剣に騎乗していただろうか?
同期のみんなが何を考えているか分からなかったが、微妙な空気が流れた。何ともいえない、いやーな感じの……。
そこへ、「あっー、こんなところにいたんだ!」と甲高い声が響いた。
「やぁやぁ」と、手を振りながら姿を見せたのは、パーカーにポットパンツ姿という茶髪の女の人だった。
「「「「「だ、だれ?」」」」
みんなの声が揃った。
「えー、やだなぁ、分からない? わたしだよ、わ・た・しー」
ニコニコと笑顔を振りまくキュートな女の人。
「ああっ! ひょっとしてショップのおねぇさん、かな?」
吹雪の言葉に、「せーかい」と、女の人はウィッグをずらしてみせた。その下から、金髪を覗かせる。
「「「「え、えっー!」」」」
変わり過ぎでしょ、おねぇさん!
ひとしきりみんなが驚いた後、おねぇさんは「でー、なに落ち込んでるのかなぁ?」と訊いてきた。
大樹がざっと大筋を話した。
こういう時、大樹がいると楽だわー。的確に要点だけをまとめて話してくれる。
「うんうん、なるほどねー。分かる分かるよぉ。私もさ、師匠とか先輩の作品見て落ち込む時があるからねー」
大樹の説明に、おねぇさんはコクコクと首を振る。
「あのぉ、そういう時はどうするんですか?」
オレは聞いてみた。
「んっ? そうだね。そんなときは頑張るしかないよね。具体的には、自分をもいっかい見直して、弱点と長所を洗い出して、修行するの。作品を作って作って作りまくるの。納得するまでね」
オレは、おねぇさんの横顔に見惚れた。カッコイイ! 逃げずに立ち向かう、すげぇカッコイイ!
「で、納得するんですか? 納得いく物ができるんですか!?」
「あははっ、努力してすぐに成長できたら世の中簡単だよねー。できないのが現実。そんでねー、また頑張るの」
意気込んだオレに、おねぇさんは笑顔を見せた。「世の中、甘くないよねー」と。
「あっ、ごめん。お客さんの前でする話じゃなかったかな? わたしの技術が心もとないんじゃないかって思っちゃった?」
「いいえ。そんなことないです。凄くためになります」
大樹が頭を下げて言ったので、オレたちも「そうですよ!」と続いた。
「あーあ。今日はみんなのリング作る参考になるかなぁと思って来たんだけど。なんだか恥を晒しに来ちゃったかなぁー」
はにかんだおえぇさんはオレたちと色々話をした後、日が沈む頃に帰って行った。




