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蒼きギャロップ  作者: 印藤ゆう
22/24

第5レース 第3コーナー  決着

 二月第一週の土曜日、中山競馬場。

 通常の競馬が開催されている、その昼休み。

 多くのお客さんの前で、オレたちの卒業記念レースと卒業式が行われる。

 それはつまり、競馬学校チャンピオンシップの優勝者が決まるということだ。

 ちなみに卒業レースは、中山・芝1200メートルを走ることになっている。

 このコースは、前に行って内を走った方が有利なコースだ。

 だが今日は同期だけ、四頭立てのレースだ。オレが騎乗するレッドドレイク。藤澤の乗るフォルクローレ。忍のシャドウハンター。吹雪のマロンバロンのみの出走となる。

 頭数が少ないゆえに、前に行ったからといって必ずしも有利とは言えない。

 スタートまであと五分。向こう正面にあるスタートゲートの前で、オレたちは馬に乗って待機していた。

 ちらとスタンドの方に目を向けると、お客さんの姿が見える。

 昼休み。レースとレースの合間とはいえ多くの人がいる。もちろん、本レースのように勝馬投票券が発売されるわけもなく、注目度もそれほどではないだろう。それでも、見られる以上は緊張する。

「すごいねー。お客さんがいっぱいだよ。ワクワクするねー」

 吹雪もスタンドの人々を眺め、胸元で拳を握っていた。

「ワクワク? ドキドキじゃないの? ホントぶっきーは神経図太いよねー。こっちなんて心臓バクバクだよ」

 忍が呆れたように言った。

「そうだな。けど、泣いても笑っても、ここがオレたちの最後の戦いの場所だ」

「そうね。いよいよね」

 藤澤も馬を寄せてきた。

 四人は馬を寄せて輪を小さくした。

「誰が勝っても恨みっこなしだ」

「うん。勝つのは吹雪だけどねー」

「言うわね、吹雪。でも勝利は譲らないわ」

 みんな、自分が勝つ気満々だ。

 オレは手綱ごと拳を握りしめた。

「みんな。全力を尽くそう!」

 勝ちを宣言しないオレに、三人は少し驚いたようだったがすぐに真剣な表情となった。

「真剣勝負だ!」

「おう!」「うん!」「ええ!」

 スタート台にスターターが上る。彼がスタートのフラッグを振ると、出走準備開始となる。最終レースの幕が切って落とされるのだ。

 オレはふとスタンドを見た。

 ……大樹。どこかで見てくれているか?

「いよいよだ。お前もしっかり連れていくぜ!」

 勝負服の胸元をオレは押さえた。

 その奥には、二つのカレッジリングが存在している。ネックレスに通した、オレと大樹の指輪。そう、大樹との約束の為にも、このレース負けられない!

 ファンファーレが鳴り、スターターがフラッグを振る。

 オレはスタートゲートに騎乗するレッドドレイクを導き、ゲートに入ったところでレッドの耳に言葉をかけた。

「レッド。今日はオレに力を貸してくれ。頼むな」

 ブルルと、まるでオレの言葉に応えるようにレッドドレイクがいなないた。

 姿勢を戻したオレは、視線を感じてそちらに目をやった。すると、一つ向こうのゲートで、吹雪がこちらを見て小さく手を振っている。思わずオレも小さく笑みを返した。

 さっき忍も言っていたが、内心オレも吹雪は凄いなと舌を巻いている。アイツはこんな大舞台でもいつもとなんら変わりない。一方、オレの方はというと、心臓がバクバクしている。手綱を、ムチを、握る手が震えている。

 馬は人の感情を敏感に察してしまう。それは騎乗に、ひいては着順けっかに影響しかねない。そんなことは分かっているのに、震えは止まらない。

 ――おちつけ、オレ――

 やることはやってきた。できるはずだ! 今日の為に、この勝負の為に! そして、このレースの向こう側である騎手の世界に行くために!

 ドクンッ、ドクンッ、と心臓の音が聞こえる。いいや、まるで自分の身体が全部心臓になったような感覚だ。

 馬一頭がやっと入る狭いゲートの中で、鼓動が木霊しているみたいだ。

 ……って、そうだ! 藤澤のアドバイス! 少し重心を前に! 

 オレはその言葉を実践した。ブルルっ、とレッドが再びいななく。まるで何かのスイッチが入ったように、レッドの背中から見えない何かが突き上げてくるようだ。

 まさにその瞬間。ゲートが一斉に開かれた。

 ガシャン!

 スタートダッシュを決めるべく、四頭の馬がゲートから飛び出した。

 ほとんど横一線、遅れたヤツはいない。

 中でも、藤澤が手綱をしごいて先頭ハナを取りに行く。次いで吹雪と忍が並ぶように馬を進める。最後方がオレだ。けど、

 焦るな、オレ。ジタバタすれば状況は悪くなる。

 所詮は四頭だてのレース……。慌てる必要はない。と思っていたら、藤澤が容赦なく、どんどん馬を進めてゆく。二番手の忍と吹雪との差はすでに五馬身(馬の身体、五つ分の距離)になっている。芝1200メートルのレースとしてはかなりのリードだ。

「飛ばし過ぎだろ!」と、思わず言葉がでたが、

 いや、アイツには正確な体内時計がある。きっと自信があるんだ。

 どうする? 行くべきか? ムチが使えない今のオレは、必殺技が使えないヒーローみたいなもんだ。一か八かは用意している。けど、一か八かは一か八かでしかない。

「このまま藤澤のフォルクローレを気持ちよくいかせたら……そのまま……」

 オレが手綱を動かそうとしたとき、吹雪が動いた。二番手が鈴を付けにいく。競馬のセオリーを吹雪も分かっている。

 鈴を付けにいくとは、二番手にいる馬が先頭の馬のペースを乱すことを言う。

 馬は繊細な動物だ。敏感で尚且つプレッシャーを感じやすい。とくに目視できない真後ろからプレッシャーを掛けられれば、集中が乱れ、最後の直線で使うべきスタミナを道中で浪費してしまうことも多い。

 もちろんこれは、吹雪は吹雪で自分が勝つために取った戦術だろう。誰のためでもない。

 けど、これでオレは追い込みに専念できる!

 この時、忍は前に行くか留まるか、ほんの少し迷ったようだ。前に行きたがった騎乗馬の手綱を引き絞って強引に進出を抑えた。

 忍の騎乗するシャドウハンターのお尻が迫る。レッドはその後ろにぴったりとくっついた。

 シャドウハンターの後肢が跳ね上げた土塊つちくれが飛んできて、オレのゴーグルにこびりつく。

 そんな中でも、景色は流れるように過ぎ去り、時間が飛ぶように経過してゆく。

 うかうかしていたらあっという間に終わってしまう短距離レース。

 中山競馬場の芝1200メートルの平均走破タイムは、1分08・00秒だ。すでにレース開始から三十秒は経ったはずだ。ここで、オレとレッドは半分である600のハロン棒を通過した。

 ペースは平均より早い? 

 そのはずだ。オレの見立てでは、藤澤の騎乗馬は三十三秒台で前半を通過している。こっちは三十四秒台か? くっ、オレの体内時計が正確じゃないのが恨めしい。

 このコースの最後の直線は三一〇メートル。中央の競馬場の中ではもっとも短い。

 けど、最後には高低差二・四メートルの急坂が控えている。先頭までは八馬身……、藤澤のペースは速すぎるはずだ。最後で絶対垂れる! 十分いけるはず!

「さぁ、ここからが勝負だ。応えてくれよ、レッドドレイク!」

 レッドの首を押しながら、オレは進出を始めた。

 レッドの首が大きく上下して、黒いたてがみがオレの鼻先をかすめる。

「……いけるのか?」

 わずかな迷いに、誰かの声が聞こえたような気がした。

『きっと大丈夫! けるよ、キミなら!』

 オレは息を飲んだ。

 レッドドレイクの馬体に、栗毛の馬が重なったように見えたから。

「サマーデイズ!」

 光輝く栗毛の馬体は、次の瞬間にはレッドドレイクの黒光りする馬体に完全に重なって見えなくなった。

 オレが命を終わらせてしまったデイズが応援してくれている! オレたちと一緒に走ってくれている!

 そんな想いに視界が滲んだ。

 四頭の馬たちはコーナーを回り、スタンド前の直線に差しかかろうとしていた。

 霞んだ視界に、前を行く忍のお尻が迫る。先頭をいく藤澤たちの姿も徐々に大きくなり始めた。

 オレはコーナーを回りながらさらにスピードを上げ、距離を縮める。

 レッドの身体が徐々に外側にふられる。遠心力の影響だ。ぎゅっと、オレは左手で手綱を強く握りしめた。

 ここだ! ここが勝負の仕掛けどころ! 勝負のきわの際だ!

 直線に差し掛かる寸前、オレは右手を水平に差出してムチを構えた。

 これは、ムチが振るえないオレの――、一か八かの勝負。賭けだ!

 ドクン。

 時間がゆっくりと流れる。映画のコマ送りのように。今なら、コースばばに生える芝の一本一本すら数えることができるかもしれない。

 ドクン。

 周囲の景色が消えてゆき、コース上にいる同期の姿以外がかき消えた。真っ白な空間の中にオレたちだけが騎乗馬に乗って芝の上を走っている。

 ドクンッ!

 忍の、吹雪の、藤澤の、同期の顔が次々に思い浮かぶ。さらにサクラ教官、親父、かぁちゃん、大樹、……サマーデイズの顔が浮かんだ。

 もし、このまま身体が硬直してムチが振るえなかったらオレの負け。それに、レッドが応えてくれなくてもオレの負け。けど、この一振りにオレの全てを賭ける!

 ドックンッ!

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!」

 気合一閃!

 はたして、オレの腕は動いた。馬にムチを打てないはずのオレの腕が動いた。

 バチィンッ!

 あまりの大きな音に、同期の三人が一瞬、視線をこちらに向けた。

 ムチを振るえないはずのオレが、ムチの打撃音を響かせたからだ。

 それでも、オレはたぶんイップスを克服できていない。

 なら、馬にムチを打てないオレはいったいどうしたか。どうやってゴーサインである、ムチの打撃音を響かせることができたのか。

 それは――。

 レッドドレイクの馬体にでは無く、別の場所にムチを振るったのだ。

 オレが叩いたのは、オレの脚! ズボンとブーツの上からでも衝撃は伝わり、ジーンと足が痛ってぇ! めちゃくちゃいてぇ!

 そうだ。オレは脳みそを誤魔化した。

 サクラ教官ちゃんが言ったように。自分で自分を誤魔化したのだ。

 馬にムチを打つという行為ができないのなら、馬体以外にムチを振るえばいい! ムチでオレ自身を打てばいい!

 つまり、マジになって、マゾになった。――とは冗談だが、

 茶道の特別授業の時、オレは背後にいる忍の顔を叩くことができた。正座から少し腰を浮かせた態勢は、ほとんど騎乗モンキースタイルと変わらない。その状態で背後に腕を振れた。迫りくる忍をどうにかしようとして腕を振った。――腕を振れたのだ! それはほとんどムチを振るう行為と同じなのに……。 

 つまり、馬に対してムチを振るうのでなければ、オレの腕は振れると考えたのだ。

 それから、みんなに隠れてオレは何度か自分の足にムチを振ってみた。もちろん騎乗したままで。もっとも、全力でムチを打てば足が痛くて何度もできなかったけど……。

 それでも、ここ!

 運命を、命運を賭けた、一か八かの勝負。ここでムチが振れたことは大きい!

 あとは、打撃音をレッドがゴーサインと認めてくれるかだが……確かな手ごたえがあった!

 グワッ! とレッドドレイクのスピードが上がったのだ。

 レッドはしっかりとオレの意志を受け取って、ギャロップ(全速力)へと移行した。

 蒼いターフが一段と早く流れ始めた。

 直線に入ってすぐ、レッドは忍の馬に並びかけた。忍もムチを使ってゴーサインを出す。

 ここで目に入ってきたのが、緑色の壁だ。

 高低差二・四メートルの急坂。

 はるか先、上方にゴール板が見えた!

 いける! レッドの反応も悪くない!

 オレはレッドの首の上下をさらに大きくする(推進力を増す)為に、腕を使ってレッドの首を押しまくる。

 ゴールまで250メートル。

 隣を走っていた忍はここで視界から消えた。馬が頼る物を求めて内ラチ沿いにヨレてゆく。馬は限界が近くなると、寄り添うモノを求めてラチに寄っていってしまうことがあるのだ。

 道中、行きたい馬を押さえた忍の判断ミスがたたったのだろう。わずかな判断ミスが勝負を分ける。それが競馬の世界だ。

 残りは前二頭!

 上下するレッドの頭の向こう側で、藤澤と吹雪の姿が見え隠れする。

 残り200を切ったところで、吹雪たちの馬は左右に揺れ始めた。別にオレが後方から抜くのを邪魔しようというのではない。馬のスタミナが限界に近いからだ。あと、二人の腕力が弱いのも原因かもしれない。

 二人の外を回るのも、内に回るのもリスクが高すぎる。……なら!

「真ん中を割る! くぞ、レッド!」

 レッドは気が強い。現役から「追い込み」が得意だった。今日のレッドのデキなら二頭の間に割り込めるはずだ!

 一完歩、二完歩、三完歩……。加速したレッドはタイミングよく二頭の間に入った。

 ドンッ! ガツッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ!

 三頭の馬体が密接して互いを削りい、火花でも散るかのような音が上がった。

 デビュー前の学生同士とは思えない激戦に、観客席から歓声が上がった。昼休み中、しかも馬券発売さえされていない模擬レース。だがそれでも、多くの人々が大きな声を上げている。

「がんばれ!」「まけるな!」「そこだ!」「いけ!」「勝てぇー!」

 沸き上がった声援に背中を押され、オレたちは進む。

 残り100メートル。

 三頭は横一線!

 けど、大外にいた吹雪の馬が僅かに遅れだした。藤澤の独走を抑えようと、鈴を付けにいったのが原因かもしれない。

「がんばれ、バロン――!」と、後方で吹雪の声が上がった。

 わりぃ、吹雪。これも勝負だ。

 この時、オレは隣を走る藤澤と目が合った。

 凄い眼光。鬼気迫る!

 勝ちは絶対譲らないわ! 彼女の意志が稲妻となって瞳に宿っている。そう思ったら、自然と笑みが零れた。そして、驚くべきことに藤澤のヤツも笑った。

「やるじゃない、音梨!」

「とうぜん! なんてったってオレはダービージョッキーになる男だからな!」

 オレたちは絡み合った目線を切って、正面を向く。

 と同時に、藤澤の馬がクビ差前に出た。ここに来て彼女は奥の手を残していた。馬の手前を変えたのだ。

 手前とは――通常、馬は左右どちらかの脚を前に出して走っている。主にき脚を前にして走っているのだが、実はこの手前を変えてやると馬はもう一伸びすることがある。

 疲れていた利き脚ではなく、疲れていない脚にシフトすることで最後の余力を解放するのだ。

 藤澤のヤツは初めからここまでの戦術を練っていたのだろう。スタートダッシュに、ペース配分、最後の奥の手……。

「やっぱ、すげぇヤツだ!」

 しかも、もうゴール板は目の前。こっちはこれ以上小細工はできない!

 こっちも全力だ!

 たとえ腕がちぎれても――。

 たとえここで命が終わっても――、

「ぜってぇ勝つ!」

 これは賞金がかかったレースでなければ、年間勝利記録として残るレースでもない。でも!

 オレは勝ちたい!

 たとえどんなレースでも、全力を尽くす!

 いつだった大樹が言った言葉が脳裏をよぎる。

『自分は毎回勝つつもりで騎乗したい。どんなに過酷で不利な状況でも。それは自分に嘘をつきたくないからだ。後から、こうしとけば良かったとか、もうちょっと頑張っておけば良かったとか。そんな後悔をしたくないんだ。だから自分は、常に全力で勝負する』

 そのとおりだ!

 残り、50メートル。

 オレは千切れんばかりに腕を前後させる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 オレたちは馬体を合わせて、ゴールを駆け抜けた。

「「「「「「おおっ!」」」」」

 観客席から大きなどよめきが上がった。

 それもそのはず。ゴール前のでっかいターフビジョンには、写真判定を意味する「○写」の文字が表示されていた。

 つまりは、どちらが勝ったか分からない状況なのだ。

 ゴール通過からある程度レッドを走らせ、脚色スピードが収まってきた頃、オレはレッドの耳に声をかけた。

「ありがとな、レッド。お前のおかげでいい勝負ができたよ」

《気にするな、ユー。ミーはミーのために……。いや、デイズのために走ったにすぎない!》

「なっ!」

 思わず耳を疑った。一瞬、レッドが喋ったのかと思えたからだ。だがやはり、ブルルルン。とレッドは嘶いただけだったのだろう。

 そんな吹雪じゃあるまいし、馬が喋るなんて。と考えていたら、

「ねぇ、音梨」と、藤澤が馬を寄せてきた。

 乱れている呼吸を隠そうとしているの、丸わかりだぜ? と言ったら、ムチが飛んできそうだから止めておこう。

「アンタ。足、大丈夫なの?」

「あ、ああ。これが全然痛くって! もー、ナミダ出そーなんだわ!」

 コイツに言われるまで完全に忘れていた! これやると、ちょー痛いんだったよ!

 だから、一日に何度も使えない。まさしくオレにとって必殺技。必ず、その日の自分を、自分で殺す技なのだ。ちなみに、ムチの痕が消えるには一週間くらいかかる。

「そう、アンタ。マゾになったんだ」

「いや。マゾじゃなく、マジになったんだよ!」

 オレはいつだったか、大樹が口にした言葉を真似てみた。

「なにそれ。ぜんぜん面白くないわよ。芸人になるならもっと修行が必要ね。吉本でも行ったら?」

 あいかわらずの冷たい視線を藤澤は向けてくる。

 けれど、直後にふっと笑った。

「でも、今日のところは私の負けにしといてあげる」と言って。

「なっ! やっぱ生意気だな、お前は! って、あれ? お前の負けって……?」

 チラと着順掲示板をみるが、写真判定は続いているみたいで結果は表示されていない。

「やっぱり、アンタバカね。騎手ならどんなデッドヒートの時でも自分の勝ち負けくらい分かるようになりなさいよね!」

 プイッと顔を逸らして、藤澤はターフから去ってゆく。検量所に向かうために。

「アオ、やったな!」「アオ君、おめでとー!」

 今度は忍と吹雪が馬を走らせてきた。

 その向こう側の着順掲示板。オレの馬番が一番上に点灯していた。

「いー、やっほー!」

 あまりの喜びに、オレは鞍の上に両足を乗せると、そこからバク転した。

 馬上から斜め後方に。そのまま芝生の上に着地してみせる。

 おっとっと、両腕でバランスを取り、オレはなんとか柔らかい地面に立って両腕を広げた。

 観客席からは大きな歓声が沸き上がる。

 夢で見た、ダービー制覇の歓声に勝るとも劣らない。オレの耳にはそんなふうに聞こえた。

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