12話
火曜日、夜の9時8分の駅のホーム。
おそらく、電車が出たところなのだろう人が全然いない。
夜でも、7月という事もあり熱気がこもっている。
誰も座っていないベンチに座り数学の参考書を広げるが、ここ最近の事を思い出す。
誰よりも頑張っているはずの歌やダンスで失敗をたくさんしてしまっている。
おまけに、いつもだと嬉しくて楽しみででも緊張がすごくするテレビ出演でも元気があまり無かった。
今日は、歌は高音の音程がずれて、ダンスはキレがないと先生に叱られる。
マネージャーにもテスト前で疲れているのだろうと言われ夜の1人レッスンをせずに強制的に帰らされる始末だ。
私はいつも居残りレッスンをする。
だいたい、みんなは9時になると帰るが私は9時45分発の電車に乗るためにもう少しだけ練習をしてから帰る。
みんなにはえらいって言われるけど、本当は火曜日と金曜日の帰り道が目当てで少し楽しみなのだ。
この間の金曜日、山本君が座っていたベンチの同じところに移動して座る。
うへへ。
って、何やってんのよ私。
これじゃあ、変態みたいじゃん。
私はアイドルなのに!
この日に美希さんが来て山本君と仲良くなってしまった。
土曜日に一緒にご飯に行ったらしい。
山本君と楽しんでるって事や、ご飯の後少しだけ一緒に買い物をした事、美希さんのグッズのストラップをあげると喜んで付けた事。
そして、山本君の事を好きになったかもって事。
が、LINAというメッセージアプリで送られて来た。
別に私は彼の彼女じゃない。
この事は彼にとってもめでたい事だ。
あんなに美人な人が彼女なんて嫌な人はいないだろう。
だけど、素直に祝福できず、胸がずきんと痛む。
私は美希さんにも山本君にとって邪魔じゃん。
私はむしゃくしゃしてホームに騒音とともに入ってきた電車に乗り込む。
やがて、電車が動き出す。
その時、彼が階段を上がりホームにくる。
一瞬目があった。
ような気がした。
電車はガタンゴトンと彼から離れていく。
このまま、彼とも離れて行くような錯覚に陥る。
思わず、待っていた参考書を握りしめる。
涙が表紙を濡らす。
いつのまにか目頭が熱くなっている。
やはり、自分の心には嘘がつけない。
私は彼が好き。
私、佐藤怜は山本響くんが好き。
アイドルなのにね。
両想いになれる参考書が欲しいよ。
恋の参考書はどこで買えますか?