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Ⅰ-06 岩の中の野営

 ――カリカリ、カリカリ


 岩の外をひっかく音がする。多分レグコヨーテだろう。今日ここまでくるのに何度か迎え撃った。


「いくらお前達が土属性でも、肉体強化しかできないんじゃレジストできないだろうよ」


 一人ほくそ笑んでいると、ひっかく音がやんで気配が去って行った。


 この世界の魔法は同属性であれば、レジスト、つまり相殺ができる。

 ドラフトラインが発生する同属性の魔法であれば、下位魔法で最上位のさらに上の至天位魔法すら打ち消せるので、対人戦でレジストを使いこなす技術が勝敗をわけるといってもいい。

 魔獣も多くが一種類の獣魔法をつかうためやはりレジストが重要になってくる。


 ここは街道を眺める岩山の中腹だ。岩肌に土遁で地形変化をおこしてクレイで塞いでいる。クレイは城壁修理の化粧仕上げで使っていたので偽装に向いている。

 この世界は魔物・魔獣にあふれ、魔法が存在するファンタジー世界だけど、たまに文明度に見合わない制度や技術がある。


 例えば公共事業。

 俺がいた工兵科は名目上軍隊だったけど、実質は食い詰め者を集めた下請け組織だった。本来上位魔導師あたりならもっとはやくできる城壁や街道の整備をあえて食い詰め者にやらせる事で、組織に所属させて生活を安定させる公共福祉の意味があったらしい。そんな人権意識はだいたい13世紀のヨーロッパくらいの文明度のこの世界には不似合いな気がする。


 公共事業で一番規模がでかいのは都市計画狂いの先々代の皇帝が始めた事業で、都市の城壁同士を結びつけ、その上を街道にするというものだった。目的は安全な物流の増加で、元の世界で言えば高速道路建設に当たるんだろう。


 もっとも、今の帝国省庁はやる気がなく、言い訳程度の予算しか割かない。

 だから帝都から出入りするときはしばらく長城の上を歩くけれど、しだいに高さは無くなり、一日歩いて行ける距離の30km、この世界で言う30ディジも歩けばもうただの未舗装な街道になっている。

 

 本来こんな場所で野営をするのは自殺行為だ。まず確実に、夜盗、魔獣・魔物に襲われる。でも岩の中につくったここなら街道沿いでも安心だ。万一ヤバい相手がいても土遁で空間ごと移動してしまえばいい。土遁をつかってみてわかったけど、魔力量も大幅に増えている。


 クレイで作った五徳の下の火が弱まってきている。結構拾ってきたのに、燃やす枯れ枝がもう心許ない。砂漠の夜は冷えるのをすっかり忘れていた。


「今から出歩くのもなぁ……あ、鉱物召喚で石炭とか出せないか?」


 鉱物召喚は中位土魔法に属する魔法で文字通り鉱物を召喚する。

 召喚とはいっているけど、本当に無から有を生み出せるのは位階の低いもので位階の高いものには素材が必要という、錬金術師が生み出した魔法だ。素材はたいていその辺の土でなんとかなるが、金など貴金属を召喚しようとする場合特殊な素材が要り、全く割に合わない。


 具体的には10万ディナ相当の金をつくるのに100万ディナ分の素材がいる。

 この国ラント=キスティシア帝国と属州で流通する主な貨幣は100ディナ銀貨、1万ディナ大銀貨、10万ディナ金貨、100万ディナ大金貨だけど、100万ディナといったら平民が半年は暮らせる、日本円なら約100万円だ。本当に意味が無い。


 この魔法を作った高名な錬金術師は金が取り出せた瞬間ほっとした一方で錬金術師の看板を下ろしたらしい。それ以来、クレイ、鉱物精製、鉱物召喚といったクレイ系統の土魔法を使う錬金術師は基礎研究の精製師、素材加工の魔導鍛冶、魔導具開発の魔導技士に別れて生計を立てている。


「まあ黒字になってたらインフレまっしぐらだからね。赤字で良かったんだろうけど。あ、できた」


 一晩過ごすには十分くらいの石炭ががらりと右手の下で山を作っていた。

 鉱物召喚なのにまだ魔力には余裕がある。石炭の位階は低いけれど、やっぱり魔力量が増えている。正直石炭が石か疑問だけど成功したならいいか。


「さて、飯の支度をするか」


 熾火にした石炭で土鍋に湯を沸かし、細かく切った干し肉とローフォンで出汁をとったところにミレットと香辛料を投入し、柔らかくなるのを待つ。

 こうして久しぶりに野営をすると狩人時代を思いだす。

 狩人は魔物魔獣を狩る者達で、前の世界の創作でいう冒険者に近い。資源として魔獣の魔石を採取するのが基本だけど、色々なスタイルがある。

 最下位魔法とはいえ、全属性がそろっていれば旅ではとても便利だ。俺はその特徴をつかって狩人として護衛の仕事もしていた。

 でも攻撃を他の狩人に任せるようになってから、ポーターみたいな下働きポジションになっていった。戦闘には使えないからパーティの今後を決める話し合いにも参加させてもらえず、戦ったあとの素材剥ぎ取りして荷車をひいて後ろをついて回る生活になった。

 ……やばい、ちょっと昔の俺かわいそすぎじゃない?

 気を取り直そう。あの頃はきっと精神的に弱っていたんだ。大事なのは今だよ。

 ローフォンは豚骨風味の肉フレークみたいな調味料で、保存がきくミレットと合わせて旅人の携帯食だ。どっちも水と一緒に噛んでいれば食事にはなるので、火を使えない非常時でも便利だ。


「まあ今の俺狩人じゃないけどね! いただきます!」


 やけ気味に一人問答をしながらスープを飲む。あったかい。ローフォンの濃厚な味はそれだけでお湯を白湯スープに代え、ミレットは米粥やミネストローネのような柔らかいスープには無いもちもちとした食感を与えてくれる。お湯でもどった肉は決して上等な味とはいえないけれど、噛むほどにほどけていき確かな食べ応えを与えてくれる。


 冷静に考えれば質的には工兵科時代とほぼ変わらない食事ではあるんだけど、解放された気持ちでおいしく感じるのかもしれない。

 食事の片付けを終え、街道が見えるのぞき窓を確認してからマントと毛布で身体を包む。

 土遁が使えるようになったおかげでテントも要らない、快適な野営だ。


お読みいただきありがとうございます!

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