Ⅵ-14 壁上の宴
「おいーユーリぃ、もう一つやることない?」
ノラから音矢文が飛んできた。
たしかにそうだ。片付けなければならない一番だいじな問題が残されている。
背の高い赤みがかった金髪と青みがかった銀髪を探したらすぐ見つかった。近くにシャムスがいるだろう。
城壁の近くにたどり着くと、二人の間には泣きはらした顔のシャムスがいた。
ドラゴンにとどめをさした後からしばらく、大きな泣き声が聞こえていたのでぐしゃぐしゃになった顔をみても驚かない。
「ひどい顔だな」
「うっさい、そっちだってひどい」
一瞬で反撃された。仕方ないだろ? こっちだってもっとこう、社会復帰のためのリハビリが必要なんだよ!
「……お互い見ない振りするってことで」
「うん」
二人で涙で汚れた顔を洗い、協定が結ばれたところで改めて向き合う。
「シャムス、やったな」
「ユーリ……うん、やってやった。強いでしょ私」
そういって挑戦的な笑顔で笑っている。声は少しだけ震えているけど、いつもの勝ち気なシャムスだった。
「そうだな。見事だった」
「だから、護衛のキャンセル、いいよ」
——え?
そうか、とか口がうごいたけど、頭の中から疑問があふれそうだ。
さっき戦闘の時、俺と一緒に旅をするって言ってなかったか?
護衛のキャンセルしたとして、この娘はもしかして刻印銃だけを頼りにして旅をするってことか?
そうしたら誰が魔石を弾に加工するんだ? 行く先々の受付嬢か? いや、刻印弾の秘密がばれたらまずくないか?
やっぱり俺が一緒にいた方が、いや、自分からキャンセル申し出ておいてなにを言っているんだ。
そもそもシャムスを守れないからキャンセルを申し出たんだから、シャムスが強くなったなら二人一緒にいても何も問題はない。
外見は平静を保とうとしているけど、頭の中の問答が終わってくれない。
シャムスも周りも怪訝な顔でみている。なにか言わなきゃ、何か。
「あ……」
唐突に問答が終わった。
バザールで知らない道具に興味津々の目を向ける、男子禁制の服屋の向こうから手を振る、屋台で買い食いして、花の咲き乱れるアパートに帰って寝る。
目覚めた朝の光はレースカーテンで和らぎ、同じアパートの住人とおしゃべりしながら洗った洗濯物を屋上で干しながら港に入る船を眺める。
仲間も守るべき人も失ったシャムスは、この港町テーベで笑って暮らせていた。
だから、彼女にふさわしい場所はここなんじゃないか?
シャムスの抱える事情はわからないところも多いけど、少なくとも彼女で無ければ果たせない使命ではないようにきこえた。
シャムスがミーナという人から引き継いだように、俺が引き継いでもいいんじゃないか?
魔獣から追われているなら、シャムスの追っ手もついでに引き受ければいいんじゃないか?
きっと彼女が魔獣と戦い続けるよりましな解決法だ。
「なあ、」
なのに言葉がでてこない。声をかけたところでまた口が固まってしまった。彼女の事情を盗み聞きしたけど、実際なんて言えば良いんだ?
俺はただの護衛で、シャムスがポエニキアまでなにか届けるのか、はっきりしたものは何も聞いていない。いきなり届け物なら引き継ごうかなんて言えるはずない。
「おいー」
ノラの低い声が耳元に届き、堂々巡りしていた頭が正常に回り出した。
まずい、また自分の世界に入り込んでいた。
目の前のシャムスは黙って見ているけど、怒っているのは間違いない。
人の話を聞くことは、相手のいう言葉の意味と感情を理解するということだ。
言葉通りの意味じゃ無いんだ。多分だけどシャムスが言った護衛のキャンセルとはそのままの意味じゃない。
今までのシャムスの言動でわかるべきだった。
シャムスは守り守られる契約関係ではなく、対等に旅をしたいと望んでいる。
「シャムス、狩人をやりながら旅をするならパーティを組む必要があるだろう、だから……」
一緒に行こう。理由はわからないけど、自分の気持ちはわかった。
息を吸い込むシャムスの顔は褐色の肌をもってもわかるほどに赤くて
「くどい! 一緒に行こうくらいシャンと言ってよ!」
「一緒に」
「行くよ!」
シャムスが半分キレながら俺の言葉にかぶせるように言い放った。
理由はわからない。でもシャムスの気持ちはわかった。
「女の子に言わせるとか、クズね」
「あれだけヒント与えたのに、クズい」
周りを見渡せば顔見知り達が立ち食いしながらマリー達の言葉にうなづいている。
飲み食いをしながら俺たちのやりとりを全部見ていたらしい。
となりでシャムスもさっき以上に顔を赤くしている。
なにこの公開処刑。なんでみんな食い物食ってるの? どこからだしたのそのごちそう。
気がつけばいつの間にか飲み物や軽食が長城の縁に並べられていた。
スタンピード収束後にはこうやって参加者が打ち上げをするのは聞いていたけど、今からでも逃げ出したい。
「ほれ、立役者がうなだれててどうするよ。一杯飲んでで落ち着こうや」
助け船を出してくれたのは両手にジョッキを持った魔導甲冑だった。そそくさと人のいないあたりに移動して座り込む。
「中身が少ししか入ってない、ああ、あれか」
ジョッキの五分の一ほどはいっている紫の液体を見て思い出した。
これはマリーと出会った時に飲んだスパイス入り葡萄酒のマルドに蒸留酒のヴィッテをいれた奴だ。アルコールを抜いた後に再度ぶち込むという背徳的な飲み方がいいらしい。
これを割るんだけど、周りの人達の半分ぐらいはジョッキからストローを出している。ストロー?
「アジーザもってんだろ? 俺も最近アレばっかり吸ってるから身体が贅沢になっていけねぇ」
なるほど、お湯割りにしたマルド酒で吸うアジーザは贅沢だな。
いや、絶対むせるだろそれ。それにギルド長、どっかであったっけ?
「ギルド長、ユーリさんここでしたか」
人混みの中からため息混じりにさっきの守備隊長がやってきた。手にもった皿には魚卵の塩辛のボタルゴ、魚のサクを串焼きにしたもの、各種腸詰め燻製肉などのつまみが盛られている。出来るな、出来る隊長だな。
「ギルド長、兜とらないと。顔が見えてないですよ」
ありがとう。初対面の人に兜脱げとか言えない俺を気遣ってくれるなんて。こんな人の部下になりたかった。
「おお、わりぃな。ほれ」
なるほど?
兜の下はアジーザ屋で最初に声をかけてきたじいさんだった。
初対面の後もアジーザ屋に行けばいつでもいたのでどこかのご隠居かと思っていた。
「はじめまして、……でもないですけど、ギルドに所属している鉄級十位のユーリです。ギルド長ってアジーザ屋に入り浸るくらいひまなんですか?」
いきなり失礼だとは思うけど、軽口を言い合っていたので今更感がある。
「ギルド長のバスコだ。いいんだよ。書類見るくらいしかやることねぇんだ。街中でアジーザやりながら見てる方が断然はかどる。後おめぇドラゴン倒したから特別昇級で銅級十位な」
一気に十階級特進か——すごいな。
「それは……いいんですか?」
そして外で仕事って、書類紛失の可能性とか機密事項とかどうなのそれ。
「全部今更だ。誰も文句いわねぇよ。あと、いいかげん口調もどせやかったりぃ」
そんなやりとりをしながらいつもじいさんが欲しがるホーリーワーツの葉をわたすと、ギルド長はかごのなかに葉を詰め込んだ。
ウォーターでお湯をそそぐと薬草の香りが立ち上り、ギルド長が嬉しそうにジョッキのへりに引っかけたアジーザで香気をすっていく。そしてアルコールでむせた。
「僕も名乗っていいかな? この砦の守備を任されているエンリケだ。危険な敵を倒してくれてありがとう」
それに青い目……アジーザ屋にいた兄ちゃんだった。
守備隊長のその手にはアジーザの引っかかったジョッキがにぎられていた。おねだりか。
二つの組織のトップがアジーザ屋で仕事しているってどうなの? ゆるすぎない?
あらためて名乗り返していると、エンリケの後ろに何人もの顔見知り、ダメな男たちの行列ができていた。
あ、マリーの共同住宅のおばちゃん達もいる。
まあ、いいよな。せっかくの打ち上げなんだから。
立ち上がって大声を上げる。
「今日はとっときの薬草をだすからな。疲れをとるフクレーや落ち着けるホーリーワーツ、騒ぎたきゃクシャやトキもだす! 水霊根の髭もあるけどしばらく手に入らないだろうから少しずつ楽しんでくれ! ただし薬屋には売るなよ!」
歓声が方々から聞こえ、老若男女が押し寄せてきた。ちょっと気前が良すぎたかもしれない。
「売るなよっていっても、薬屋ならここにいるぞ!」
調子の良い声とともに、列の中から細身の中年がおしだされてきた。
「わ、私も戦っていたんだ。まさか売ってくれないとかないよな?」
気弱そうな顔で聞いてくるのでまわりから笑い声がおこった。
「あんたもしんがりでメガシールを足止めしてただろ? いいにきまってるよ」
「やった! じゃあ水霊根の髭を3ディルム、いや1ディルムでも良い! 言い値で買うからさ!」
そう言うと薬屋は笑顔でデカい袋を取り出してきた。
「売るのはここで吸う分だけにきまってんだろ!」
笑う人波の隙間からシャムス達がニヤニヤしているのが見えた。
『なんならもう少し滞在しようか?」
ノラの音矢文でシャムスの声がとどいた。
『いや、いい。今だけ、今日だけだ』
あんまり盛大だと宴の後が怖くなる。
今までは、こんな何処にでもあるような宴にも手が届かなかったんだ。
少しずつ、リハビリさせてほしい。
これからも、たまにはこんな日が来る事を望んでも良いよな?
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ボスを倒してようやく一区切り、というところです。
しばらく休んでからの再開になると思います。
今後は長城をつくりつつ、魔獣やシャムスを狙う敵に追いかけられながらポエニキアをめざします。
もちろん、夢に出た二人も絡んでくるので、ご期待ください。
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