Ⅵ-13 逃げる事できず
身体がようやくまともに動くようになると、痛みも引いてきた。やっぱりSPが足りないのは危ない。少しの油断が命取りになる。
「さて、どうするかな」
高い空を見上げる。
「逃げる、という手もある」
十字路でゴブリンに片言で魔石と指さされ、食い物と呼ばれた時から考えていた事だ。
俺はただの贄もちで街に迷惑かけた上に逃亡するクズ、シャムスは知らぬまま仕事を依頼してしまい、逃げきれなくなったクズに放り出され、取り残されたかわいそうな子。そんな雑なシナリオを描いていた。
後を引き継ぐ護衛は事情を知らない狩人が適当だっただろう。たとえばさっきハルバードを振り回していた丈夫そうな女戦士なんかよかったかもしれない。
「でも逃亡はもうできないよな」
シャムス達、そして街の住民達が長城の上から俺を見ていた。
身を隠していた塹壕は自分で掘った空堀で、戦闘中に掘ったものとは思われないだろう。
長時間土属性魔法でスケーリードラゴンと戦っていた俺とそれらを結びつけるのはわけもないことだ。
「言い訳しないとだめだよな……」
「そうだー 逃亡はムダだから投降しろー」
ノラのやる気のない声が聞こえてきた。さっきまで自虐的に悦に浸ってたのが台無しだよ!
「おいノラ、やっぱ音拾ってんじゃねぇか! スルーすんな!」
いきなり大声で叫んでやったら長城にいるノラが頭を抱えて後ろに倒れた。馬鹿め。
少しすっとしたかわりに疑問が再び頭をもたげてきた。シャムスがマリー達に語っていた内容はなんだったんだ?
シーフギルドでは、シャムスは護衛対象でポーターに救われた、と聞かされた。
でもさっきの話じゃ逆で、ミーナというポーターの方が護衛対象で、逃げても執拗に追ってくる敵に傷を負わされ、シーフギルドにたどり着いた後に力尽きてしまった、という風に聞こえた。
そう考えると、シャムスは仲間を失い、護衛対象のミーナを死なせてしまったという事になる。
彼女が無理を押してポエニキアへと向かうのはミーナの役割を引き継いだからだろうと思う。
でも、そこで他の誰でも無く、俺が必要なんだ?
ノラが音矢文を使って俺に聞かせたのだってシャムスの意志を伝えるためだろう。
多分本人の同意はとってないだろうけど。
最初から聞かせてたということはノラ、多分マリーも既にシャムスの事情を知っていたんだろう。
「……また、わからない事だ。ずいぶん頼りない生き方になったもんだな」
わからないし、たとえ問い詰めても彼女らは答えてはくれないだろう。
でも、高い確率で俺が彼女らに必要とされている事はわかる。
「とりあえずそっちに行くから。なんか文句があるなら今のうちにいってくれ」
望んだのは向こうなんだから、最初から文句なんてないだろうけど。
スタンピードが収まったからだろう、歓声の混じったざわめきがここまでとどいてくる。それは俺にとっては救いだ。
しばらく安堵にほころんだ表情で歩いていても、長城が近づくにつれて自然と顔が固まってくる。
これからするのはさすがに笑いながら始まる話じゃない。
クレイで階段を作り登っていくと、魔導甲冑が腕組みをして待っていた。
尉官級の軍服を着たイケメンも一歩後ろにいる。この街を守る守備隊長って所か。
「名乗り遅れてわりぃ、俺が……」
「だまっていて、申し訳ありませんでした」
挨拶がギルド長とかぶってしまったけど、かまわず深く頭を下げ続ける。
中位魔獣三体を含む多数の魔獣と、よりにもよってドラゴンをテーベの街に呼び寄せたのだから、謝る以外ない。
「……なにがよ? おめぇがドラゴンを引きつけて戦ったから嬢ちゃんが魔鉱銃で倒せたんだろ。貴重な魔鉱弾を使ってまで倒してくれてたんだ。みんなおめえらに感謝してんぞ?」
頭上から意味がわからんと言わんばかりの怪訝そうな声をかけられた。
「え?」
ギルド長の言葉に思わず顔を上げてしまった。
「あんなおおきな魔石を個人でもってたなんて聞いていないわよ? あんなのあったらどんな魔獣もまっしぐらね! そりゃスタンピードもおこるわよ!」
「そうだねー。鉱山のクズ魔鉱から魔鉱弾を精錬するなんて、高位の精錬師じゃないとできない。ユーリすごーい」
何か一生懸命に台詞をしゃべっているマリーとそれに相づちをうつノラ。
周りの空気もどことなく生ぬるい。
うん、途中まで実は切れ者感出してたけど、やっぱりマリーは残念だ。大根役者にもほどがある。
「なんだよこの三文芝居。あるけどさ、こういうの。額面通りの義理じゃ無くて、人情で丸く収める感じのやつ」
いたよ、貴賤問わずにいろんな場所で、老若問わず男女も問わず。
全部が終わった後には皆良い顔してたよ。俺は輪の外にいたけれど。
マリーが大根でノラが確信犯なのはわかるけど、他は誰が役者で誰が素なのかわからない。
でも皆いつかの記憶にあるように、良い顔をしている。
理由はわからない。でも気持ちは一緒なんだろう。
そんな中、いつの間にか言い合いが聞こえてきた。
「魔獣から分離した後も魔獣を遠方から呼び寄せる魔石なんてすごい発見なんだよ! 軍の研究所で詳しく調べるべきだ!」
守備隊長は天然な方らしい。軍で調べられたらマリーの必死な芝居が無駄になるだろう。
「あの魔石があればスタンピード起こし放題なんだぜ? おめぇが倒したのはトルトガなんだからそっちで我慢しとけ!」
いやギルド長、起こし放題って。あれだけ追い回されといてたくましすぎない? まるで前の世界の牛追い祭りみたいだな。
「有能な軍人さんなら備品の一つや二つちょろまかせんだろが。スタンピードが今の二、三倍になったらおいしいぜぇ? それなりに陸でやってた狩人をまとめて引き込めばスケーリードラゴンだって倒せんだろ」
「むぅ、確かに……たとえばれたとしてもドラゴンの魔石が定期的に入るなら上にも顔が……」
守備隊長がギルド長にだんだんと丸め込まれていく。
今回はその年の功に感謝だ。
あの空になりかけている魔石はギルドでご神体かなにかになるんだろう。




