Ⅵ-08 市民総出で対応にあたる
二つの岬に挟まれた湾に作られたテーベ港の正面には二列横隊というのか、前列に武装した狩人達が、後列に老若男女の民兵がいた。
岸壁から何段か段差があり、後ろの人も前線が見えるようになっている。
「たくましいな。スタンピードを副業感覚で撃退するだなんて」
この世界では辺境に行くほど戦闘職と非戦闘職の境界が曖昧になっていく。
少なくともコーカシアの辺境では、ギルド支部の名簿にあるのは本業が農家や宿屋のおかみさんばかりだった。
辺境は食料も現金収入もとぼしいため、農民の魔獣を見る目は害獣というよりは食料だし、宿屋のおかみさんにとって狩りは客がいないときの赤字をおぎなう手段だった。
でもさすがにスタンピードに対応する一般人は初めてだ。
「陸と違って攻め口が決まっているから、レジストできる人が多いほど強い。集中して防御に徹すれば平気」
青銀髪のウェイトレスが風にエプロンとミニスカートをはためかせ、ほとんどの船が避難して寂しくなった港を見下ろしている。
「ねぇ、そんなギリギリの場所で仁王立ちしてないでもどってくれないかな? 下の男達の集中切れちゃうから」
「大丈夫。絶対に中身は見えない。平気」
組んだ腕にのった胸をさらにそらしてノラが答える。
その根拠はどこにあるんだ。
ここは二列横隊の真後ろにあるホテルガリアーノの屋上だ。毎晩のように人で賑わうこの場所も戦いを前にして誰もいなくなっている。
ここなら他人に見られる事も無いし、シャムスの射撃拠点としては最適だろう。
「なんでウェイトレスがここにいるの?」
この質問前もした気がするんだけど。
「マリーに人払いしとけって言われてたから」
横にいるマリーの方を見るとうなづかれた。でもなんでじっと見てるの。
「人払いして何するつもりだったの?」
「もちろん防衛……だったけど二人が頑張るのを応援することにした」
「いや、防衛はしようよ?」
「だって私たちまで参加したら街の人達の取り分がへっちゃう」
「なにその謙虚な姿勢。君ら本当にこの街の人?」
「……」
いや二人で顔見合わせないで? 何意外そうな顔してるの?
「ノラ、なんでユーリと仲良いいの?」
「ん? この人? ガリアーノに良く来てるから。ノラ、よろ」
「ユーリだ」
唐突に名乗られたので慌てて名乗り返した。あぶない、また忘れてた。ってかこのノラがマリーのいってた友達か。
「ユーリはいい人。いつもチップをくれる」
ノラが胸元をパタパタとひっぱるので谷間がよく見える。なるほど、髪の色とのトータルコーディネートというわけか……
「へぇ」
あーあ、また地雷か。まいったね。
「ふぅん」
あ、こっちもやばい。
「シャムス? サービス業の人達はチップなしじゃ生活できないんだ。ノラには馬鹿話につきあってもらった時にトレイにチップを置くんだけど、それをはじいて勝手に胸元にいれていくんだ。だから」
「だから?」
シャムスのジト目がきつくなっていく。カメラの絞りみたいにキュッとしていく。ジト目っていうレベルじゃない。
「だから俺は断じて悪くない」
情報は正しく伝えなければならない。誤解をまねくジェスチャーで他人の信用を崩壊させないでほしい。
「しってる。私が育った下町にもそういうウェイトレスがいたし」
「いや、いたしじゃなくてね?」
「しつこい。わかったからそこのかばんからファイアの弾帯とって広げて。調整するから」
「ハイ」
指示に対して迅速に対応する。仕事をくれる分本気で嫌われているわけじゃないんだろうけど、きつい。娘をもつ父親の気持ちがわかったよ。
鐘は次第に大きく早くなっていく。マリーとノラは下のサポートでもすると言ってあっさり立ち去り、残された俺達は最終調整をはじめる。
シャムスはアンティークな後装式ライフルを木箱に乗せ、小規模なファイアを起こす刻印弾を装填する。
ためらいなくトリガーが引かれると、バスッと空気が抜ける小さな音がし、住民達からは死角になる船の影で白い湯気が上がった。
「当たらない」
四発ほど撃った後でシャムスがつぶやいた。
「どこ狙ったんだ?」
「船の碇」
「狙うなよ! 魔獣の攻撃が始まったって思われるじゃないか!」
「冗談だよ。大体狙い通りになったから後は本番」
冗談をいう余裕があるのか。余裕と言えばやたら狙いが正確なんだけど、本当に銃を持ったのは初めてなんだろうか?
護衛を雇うのはカモフラージュで、実はすごいスナイパーだったりしないだろうか?
「ユーリの方こそ、本番になったらここでなにするの?」
しないんだろうな。銃を使うというイレギュラーではあるけど、魔法の定点発現役になる時の基本も知らないんだから。
「俺がするのはシャムスの防衛だよ。一度魔獣の群れにみつかれば魔獣が使う獣魔法の的になるぞ?」
むっとしたシャムスが服の袖をまくり上げると、角の無いつるりとした金属板で出来た魔導篭手が現れた。
ここに来る前にじいさんから受け取ったものだ。
「これがあるから平気だよ。補充用の魔石もたっぷりあるし」
「これはあくまで不意を突かれた時用だ。レジスト後の障壁の再展開には数秒かかるからな。大勢に囲まれた時は防御特化の魔法がないかぎりまず競り負ける。だから射手が攻撃に専念できるように周囲を警戒して魔法をレジストしたり、離脱を手助けする役が必要なんだよ」
そういいつつも、俺も自分の篭手をさする。
俺自身は楯として最適だ。防御特化魔法こそまだ使えないけど、全属性レジストをほぼ半永久的に行えるんだから。
シャムスはしばらく考えてからうなづいた。
「わかった。指示をお願い。でも見つかるまではなにしているの?」
「他の人達も攻撃できる中距離の乱戦になれば俺も土魔法で攻撃する。シャムスも指示を待たずに任意でうちまくっていい。近接戦闘になったら俺も土魔法で防御を手伝う」
そう言ってシャムスと一緒に建物の縁から顔を出して下をのぞく。狩人が並ぶ横隊の両側には毛色の違う人達がいる。
「受付のお姉さん達? あ、マリー達がいる」
港町は日常で土魔法を使う機会がないため、自然と土魔法使いは少数派になる。
受付嬢達は魔石のエキスパートなので、当然ある程度土魔法に長けている。
わざわざ前列にいるということは港の岸壁から魔獣を足止めするロックウォールを場面に応じて造るんだろう。
どうすれば効率的な援護になるか考えていると、激しく金属を打ち鳴らす音が聞こえてきた。
「もうすぐ魔獣の群れがやってくる。油断せず訓練通りにやるんだ。いつも通りなら魔獣は飢えて、互いを食い合いながら岸をめざしてくる! メガシールやブルートルトガといった中位の魔獣を先に傷つけて小物に食わせろ!」
指示を出している魔導甲冑がこの街のハンターギルド長だろう。
潮に枯れた声と日焼けした肌がいかにも海の漢というかんじがする。指示もエグいけど効果的だ。
「火魔法担当! 魔力残量に注意しながら攻撃に専念しろ! 風魔法担当! アローカットに切れ目を作るな! 水魔法担当は低位魔法でレジストし続けろ! ヒーラー役も忘れるな! 最後土魔法担当! 近接戦闘に入ったとき、水際の魔獣を壁でも槍でもいいからおしとどめろ! 魔石をたんまり食った魔獣を引き上げるのもお前らの仕事だぞ!」
周りから笑い声が上がる。この笑いはこれから魔石が手に入るのが嬉しくて笑ってしまうという奴だ。
防衛は当たり前で、本気で金目当てなんだな。ちょっと魔獣達が哀れに思えてくる。
——カンカンカンカン——
短い間隔の鐘がなり出した。海を見ると白い波が迫ってくる。
「いよいよ来るぞ! 気を引き締めていけ!」
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どうやら相続した防具が最強っぽいんだが。
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