Ⅵ-06 ユーリの決断、シャムスの反応
「どうしたのこの魔石」
屋上で干していたシーツを取り込んできたシャムスが、テーブルの上の大量の魔石をみて尋ねてきた。
「どうしたって、前の遠征の時の奴だよ。ゴブリンの巣があって、馬鹿みたいにため込んでた。後は夜警のついでに狩っていた魔獣の分だな」
「数日の遠征で手に入れる量じゃないよこんなの……、それよりこの魔石どうしたいの? わざわざテーブルに広げてたんだから理由があるでしょ?」
へー、へーと無邪気に色々な属性の魔石を手に取って見比べているシャムスに思わず頬が緩んだが、慌てて取り繕う。
俺はだまって魔石を下にしいた布をまとめて、麻袋にいれてから椅子に座った。シャムスもそれにならって椅子に座る。
「俺はマリーほど目利きじゃないけど、今見せた魔石は数百万ディナある。少なくとも五百五十万はくだらないはずだ」
シャムスの顔から笑顔がきえ、怪訝な顔になる。
「ステカ偽造で消えたけど、本来俺がシャムスからもらった額は依頼料と経費で五百五十万だ。俺はこれを返還する事で依頼をキャンセルしたい」
無論危険な場面で一方的にキャンセルなどはできないけど、制度上は可能で、ステカの経歴も汚れない。
「なんで?」
シャムスは普段のような感情を見せず、凪いだ表情のまま訊いてきた。理性的に尋ねられるのにほっとする一方でより心苦しくなる。
「結論から言うと、依頼遂行が難しいからだ」
敗北感と自責の念から逃れるように一気に話す。
「俺は魔獣魔物を引き寄せる。ステカに『無尽の魔石』って称号があっただろ? 海上で襲撃された時、この称号のせいじゃないかと思ったんだ。確かめるために街を囲むように罠を張って、夜警のたびにかかった奴らを駆除していった」
テーブルの真ん中にある魔石の袋に手を乗せる。
「この魔石はそいつらがいた証明なんだ。シャムスの言うとおり、確かにこの魔石は数日の遠征で手に入る量じゃない。俺が、自分自身を餌にして集めたんだ」
帝都近くで襲撃されて死んでいたパーティが使っていたもの以上の対魔結界があれば引き寄せる力と相殺できるかもしれない。けど、そんなマジックバッグに近い貴重品に出会えることを期待することはあまり意味が無い。
何を考えているのかわからないシャムスは魔石の袋をじっと見つめている。
「確かにシャムスは護衛しやすい。でもこの無尽の魔石で魔獣魔物は常によってくる。シャムスを護衛する自信がないんだ」
ナフタで護衛依頼を受けたときはシャムスの追っ手も、俺の同郷人殺しもなんとかなると思っていた。
でも強弱を問わず魔獣魔物に狙われるとなると、さすがに難しい。
戦力を補充しようにも、ティーラのシーフギルドは目的地の州都ポエニキアにしかない。
詰んでいる状況を考えていると、シャムスが魔石のはいった袋から視線を外してこちらを見てきた。
「これが本当に五百五十万ディナなのかわからないから、マリーに鑑定してもらってくる」
そういうと袋を抱えて扉へと向かっていった。確かめるということはキャンセルを承諾されたって考えて良いのか?
「ティーラのシーフは沿岸の魔獣には慣れていても内陸の陸棲魔獣には対応できない。新しい護衛を雇ったら海路でポエニキアまでいくんだぞ」
「逃げる前の捨て台詞なんて聞かないよ!」
乱暴にしまった扉を見てため息をついた。足が少し震えていた。
「自分の命を危険にさらしてまで一緒に行くことなんてないだろ……」
俺は街から離れて長城作りに専念し、位階を上げて身を守る力をつける。そもそも他人を守っている余裕なんてなかったはずだ。
『仕事を受ける前に確認したい。襲われる可能性は今後も続くのか?』
『……続くと思う』
保身と誠実。
窓の外を誰かが通り過ぎ、しばらくするとドアが開く音がした。
「怯えてるのが丸わかりよー」
マリーが部屋に入ってきたのに、一瞬誰かわからなかった。
「シャムスがギルドにこなかったか?」
「さあ、見なかったけど?」
そう言いながらマリーはテーブルの対面に座った。何のつもりだ?
「……あなたたちが乗ってきたボフダナ号海難事故での死者は三名で、重傷者は二、軽傷者も二」
「……いきなりなんだよ?」
思わせぶりで含みのある言い方が不愉快だ。
「あなたがシャムスちゃんから遠ざかろうとする合理的な理由はなにかなって思ってたの。友達に頼んで調べてもらってたらボフダナ号水夫長から話が聞けたわ」
あの背の低い水夫長か。真面目かと思ったのに、口は軽かったみたいだな。
「本来丸取りしても問題ないシーサーペントの素材を乗員乗客の全員に、特に亡くなった三人の遺族に多く譲ったって話もしてくれた」
窓、ではなく屋上へと続く階段の先を見る。
今の俺はきっとひどい顔だ。窓の外を誰かが通り過ぎればきっと怯えさせてしまう。
「人の死にやすいこの世界では、そうする人ってよっぽどのお金持ちか貧乏人じゃ無い限り、篤志家のふりして後ろめたい罪悪感を隠そうとしている人よ」
「そうだね」
どうせ結論もでてるんだろう。はやくこの時間終わってくれないかな。
「あなた贄系の称号をもってるでしょう」
「……」
そうだね。
贄系の称号は今の俺のように魔獣魔物を引き寄せる体質の人間が持つ称号だ。持っていることを知られるほとんどの街で入城不可になるため、明かす者は少ない。
「……もってるのね。シャムスちゃんを巻き込むのも、言ったら彼女の方から離れていくことも怖くて怯えていたのね」
沈黙は肯定だとばかりに、マリーは深いため息をついた。
「言いにくい事なのはわかるけど、シャムスちゃんにはどう伝えたの?」
「称号のことを伝えて、キャンセルすると言った」
あ、地雷ふんだ。マリーの怒気が一気に膨らんで、さっきより一層深いため息となって吐き出された。
「ほんとうに、自分だけで結論だすのはやめてほしいわ。あなたのためじゃなくて、周りが困るの」
しばらくの沈黙の後に、再びマリーがゆっくりと話をつづける。
「貿易商だってまず取引先にサンプルを持ち込むし、キスティシア皇帝だって一見好き勝手をしているように見えて官僚の意見を聞いて、元老院と利害調整した上で勅令を出している。二人の問題はあなたの一存で決めて良いものなの? シャムスちゃんにも選ぶ機会をあたえてほしいの」
噛んで含めるようにいうマリーの言葉は、残念だけど当たっている。
悔しいけれど言って欲しい。そういう言葉だ。
帝都にいた頃にこんな言葉が聞けたらよかったのに。
「……どう言えばいいのかわからない」
自分はどうしようも無い甘ったれだと思いながら、もはや今更だと開き直り愚痴っぽく言ってしまった。
「シャムスちゃんが何を思って飛び出したのか知らないけど、帰ってきたら何か言うんじゃなくて聞いてみて? 話はきっとそれからよ」
「聞く」
「そう」
なるほど。言うんじゃなくて聞いてみるか。確かに昔そういうのが大事だと教えられた気がする。
そう考えると自分はなにも学んでなくて、当時子供だっただろう目の前のマリーの方が多くを学んだんだろう。
人の成長は時間じゃないって知っていたはずなのにな。
「なに? じっとみて」
「いや、第一印象は残念なウェイトレスだったのに、ずいぶんしっかりしてるんだな、とおもって」
苦笑したマリーが息を吸い込んだ。また地雷ふんだか?
「そっちは反対ね。第一印象はシーサーペントを倒しても平然としている凄腕の元軍人。アジーザの男達ともすぐに打ち解けて、女の園でもハルコさんからレシピを教えてもらったり、ここではお土産を喜ばれたりして馴染んでて……」
「もので買ったような関係じゃないか」
俺はそんなのじゃない。最底辺で這い回っていたうちにねじくれた、他人が何を欲しているのかわからないコミュ障だ。
アジーザにいれる薬草だって、森で見つけた茸や木の実だって、半端な知識で食えるとわかっていたから持ち帰って、たまたまあげる機会があったから渡してみた程度のものだ。
「その人を理解して、その人がほしいものだとわかった上で渡していたわけじゃない」
「という考えを口に出してしまうくらい、今のあなたは自己評価が低い状態ね」
マリーがさらになにか言おうとしたけど、やめた。外がなんだか騒がしい。
シャムスか? パタパタと軽くせわしない足音が近づいてくる。急いできてなんなんだ?
「ただいま! ユーリ、袋の魔石を加工して!」
俺もマリーもあっけにとられてシャムスを見ていた。
彼女が担いでいたのはズークじいさんにあずけておいた魔鉱銃だった。
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どうやら相続した防具が最強っぽいんだが。
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