Ⅵ-03 食わず嫌いの娘
「生魚……」
シャムスが生春巻きちらし寿司、ドルム・ピンシェルを見つめている。
「この子生魚は嫌ってきかないからこの三日間家ではずっと火を通したお魚ばっかりだったのよ? さすがの私もお刺し身だって食べたい……あ、おいしーい」
レースカーテンが風をはらむのを見ながら、窓辺のテーブルで昼食をとっている。
目の前のシャムスは灰色の髪を編み込んで後ろに流している。
きくとマリーが毎日やってくれるらしい。
マリーはマリーで最初にあった時の髪型とは違う髪型にしている。
サイドダウンスタイル? とかいうらしいけど、俺としては華やかという感想よりどうやってつくってるんだ? という疑問が先に浮かんでしまう。
時間は11時前だ。ティーラの文化では夜明けから真昼までに一通り仕事を終えて、シエスタをとる。
といってもだらだらと出来る仕事をしていたり、眠ってばかりいるわけじゃないらしい。
「でね? シャムスちゃん意外と筋が良いって狩人達が褒めてたのよ」
「なるほどね。船上で戦っていた時も位置取りが上手かった。やっぱり勘がいいのかな」
シャムスは襲撃の時に思うところでもあったのか、武器を使う練習をしているらしい。得物は俺とおなじ手槍だ。
そんな話をしているが、やはり気になってしまう。
往生際のわるいシャムスがフォークでチクチクとドルムをつついていた。
お前の得物はトライデントじゃないだろう。
しかし嫌いなものをあえて作ったのだから文句はいえない。
いえないけどやっぱり自分のつくった料理をまずそうに食べられるのはつらい。
世の親たちのつらさがわかってしまった。
「シャムスちゃん、一気にいけば大丈夫よ? パクーっていきなさい」
見かねたマリーがおもむろにドルムをつまみ、一口で頬張る。
いや、さすがに一気にいきすぎだろ。それ噛めてるの?
観念したらしいシャムスがマリーと同じように一気に口に入れた。どうなってるのこの子たちの口。
「……たぶんおいしい」
しばらくモクモクと口を動かしていたシャムスが漸く言った感想だけど、たぶんってなに?
「でしょ? おいしいはずよ、リガン亭のドルムに近い味だもの。このドルムだけは好きなのよねー。ハルコさんもう引退しちゃったからまたこの味が食べられて嬉しい……コリスはやめてって言ってるでしょ!」
マジックバッグからコリスの葉を一枚ちぎっただけで怒られた。嗅覚すごくない?
「まったく……それにしても、そのマジックバッグも便利だけど、この料理は遠征先でつくったんでしょ? 四属性がそろっているなら土魔法で拠点も作れるし、宿屋いらずよねー」
純粋に感心しているんだろうけど、その言葉は聞き捨てならない。
「まさか。街にいるなら宿屋にとまるよ。良い宿は心に余裕をくれる。野営で便利なのは確かだ。他の旅人の野営とは比較にならないクオリティを約束してくれる。でも一生そこでくらせるか? いや、無理だ。人は衣食住足りればそれでいいという訳では無く、コミュニティにおける社会的な役割を……」
「そうなんだ……あ、次はエビ食べよ? 冷めちゃったからスープにしたの。これはこれでおいしいのよ?」
ギリギリの生活を送っていたから言える深みのある言葉はマリーには重すぎたみたいだ。微妙な顔とともに話題を変えられた。
「え? 天茶? 天ぷら茶漬け?」
コンロの鍋から取り分けられた茶色のスープの中にはミレットと、ふやけた衣に包まれたエビが乗っていた。
俺はサクサク派だけど、このふわっと浮かぶ衣もこれはこれでいいものだ。
「テンプラ? これはフリット・マネって言って、ほんとは夕食で余ったフリッターを朝に食べる時のティーラ料理よ」
うーん、考えることはどの世界でも一緒か。
「初めて食べるけど……うまい!」
うん、香り醤油は垂らす程度で、ベースは多分鯛とかの骨でとった出汁だ。多少の誇張はあっても間違いなくうまい。
「うん、ふつうにおいしいよ」
いつの間にかドルムを完食していたシャムスも暖かいスープにほおを緩ませていた。
「なぁ、このスープの出汁ってどうつくってるのか教えてくれない?」
これは是非レシピを知りたい。大量に作り置きしておこう。
「……知りたい?」
マリーの目つきが獲物をねらう目に切り替わる。褒め言葉という獲物を狙う狩人の目だ。
「無条件にマリーがレシピをくれる未来以外は知りたくない」
「そんな未来はないわよ?」
こちらが張った予防線をこえ、一気に間合いを詰めてくる。
「レシピが欲しければ『美人で有能で料理まで上手いなんて! 僕はもう後片付けするしか無いじゃないか!』って半分怒りながら言って?」
こいつは俺の料理へのプライドだけじゃ飽き足らず、演技力の提出も求めるのか?
大体怒る男にかしずかれたいって、なんなのその微妙にゆがんだ欲望。
だがレシピは欲しい。一時のプライドと今後の食のレベルアップ、選びがたい。
「嫌だ。そういう欲望にまみれた目で見られるのには耐えられない」
一時のプライドを選んだ。
「人聞きわるいわね! 何で欲望よ、ちょっとシチュエーションに浸ってみたかっただけじゃない!」
顔を真っ赤にしてマリーが抗議してくる。
面倒だ、非常に面倒だ。大体食卓は団らんの場であって男女の願望をなすりつけあう場じゃない。
「片付けぐらい普通にやるつもりだったけど、考えてみれば俺も半分作ってるし? レシピだってバザールのおばちゃん達に聞けば良いし」
「そう? ふーん、まぁ別にいいけど」
とりあえずマリーは引き下がったようだ。落ち着いたマリーは笑顔でシャムスと話している。
うん、良い食事の光景だ。やはり食卓とはかくあるべきものだとおもう。
残ったワインを一人で飲んでいたけど、気がつけばシャムスの前のドルムが消えていた。
「シャムス、ドルム・ピンシェル全部たべられたじゃないか。どうだった生魚は?」
「おいしかった。ユーリのドルムなら食べることにするよ。はいこれ」
出された皿を受け取りながら笑顔になる。
これだよ、要らない演技指導よりこういう言葉が欲しいんだよ。
「そうかそうか。食わず嫌いはもったいないだろ? これからも色々たべるんだぞ」
うん。やはり料理を褒められると料理人冥利につきるな。ついでだ。自分とマリーの分も洗ってしまおう。
「これでいい?」
「上出来よー」
「まぁ実際おいしかったしね」
「それにしてもチョロ……出汁の素売ってる店はこの地図にあるわ。後で散々ふっかけてやりなさい?」
「うん、手札の一つにとっておく」
後ろでシャムス達がなにやら話している。自分の料理で満足してくれた人の近くで皿洗いをするのもまたよし、だ。
さぁ、このあとはシエスタでゆっくりしよう。
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