Ⅰ-01 バッドエンド直前の夢
茜色が微かに差す、高く澄んだ夏空だけが涼しげな蒸し暑い夏の日。
天気予報では連日のように高温注意情報が出され、熱中症への注意を呼びかけている。
にもかかわらず、屋外では少なくない人たちが作業に追われていた。
屋台の鉄パイプを固定している日焼けしたサーファー風の人を横目に、僕たちはカランカランと下駄を鳴らして花火会場へとむかっていた。
暑いのに大変だ、とため息ををもらしたら、横から風がそよぐような声が聞こえてきた。
「そうだね、でもおかげでお祭りが盛り上がるんだから、夜に色々買わせてもらおう?」
「だな。売上げに貢献しないと」
ここの祭りの屋台は地元の人達が出店しているんだからなおさらだ。
前を見ていると遠目に見知った顔が見えた。実家の酒屋が夜店を出しているから、その手伝いだろう。
「こっちの道を通るか。伊藤先輩がいた」
多少の冷やかしならむしろ歓迎する所だが、おしゃべりなあの先輩の事だ。周りの大人達も巻き込んで散々騒ぎ立てるに違いない。
「うん、それは面倒だね。逃げよう」
子供の頃からあまり変わらない、大人びているのに薄化粧すら必要ないほど整ったつくりの顔に年相応のいたずらな表情を浮かべた茜は前を歩いた。
追い抜きざまにすらりと伸びた左手が僕の手をとる。
慣れた足取りで浴衣の裾をさばき、前を進んでいく。視界に移る帯が身長の割に高いのに今さら気づく。
「遅いよー、もっとはやく」
「無理言わないでくれ、そっちと違って浴衣は初めてなんだから」
「こんなの普段のお稽古と一緒だよ? 私より器用なんだから平気平気。早くいかないと見物席がなくなっちゃう」
それはまずい、西部達に怒られる。何のための席取りだ、とか後で色々言われるに決まっている。
「じゃ、急ぐか」
普段はやらない、腰をすこしためた姿勢で足の運びを早めた。
「今度は速いー」
「器用貧乏だからな。飲み込みが早くても使い道がわからないから、すぐに伸び悩むんだ」
歩幅を茜に合わせて走りながら、ちょっとだけ本気の愚痴をこぼす。
「そんな事無いよ。芸は身を助ける。いつか何かの役には立つよ」
僕らはいつも軽いやりとりの中でたまにちょっと深いことを言い合って、すぐに元のやりとりに戻る。
「それに、すぐ慣れるなんてそれ自体が取り柄だよ? きっと外国や異世界にいっても生き残れるよ」
「異世界って、なんだよそれ」
振り返って彼女の顔を見た僕は、なるほどそうかと納得した。
茜がいうならそうなんだろう。理由なんていらない。
茜は僕にとってそういう女の子だった。
——夢だ。
これは地球にいた頃の、茜との記憶だ。
神によって他の大勢の地球人達と共にこの世界に転移する前の記憶。
茜よぉ。
器用貧乏でも良い事なかったぜ?
お前とも離ればなれになって、まともな魔法も使えない今の俺はこんなに惨めなんだから。
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