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7 そして、訪れたその日

 私は日記に新しい一行、新しい一文字を書く事もできずに、ペンを置いて今日の出来事を思い出していた。


 お母様の喪が明けてからも、お父様も私もあまり明るくはいられなかった。ようやく落ち着いてきた所というか、それで食事も元のようには戻ったし、日常生活に戻ってきていた。マリアを除いて。


 マリアだけは頑なに部屋を出なかった。使用人たちが噂していた事を聞いても、マリアが扉の隙間から覗かせる顔はずっと落ち込んでいたし、実際はあまり食事をとってないのではないかと思った位だ。


 女主人代行である私が態々厨房にマリアが食事を残しているのかとか、マリアに何を出しているのかなどは確認できない。それは使用人にやらせて報告を聞くべき事であり、そして使用人は私に『マリアお嬢様は余りご飯を召し上がっておりません』といえばそれまでだ。


 使用人を疑えば、私も使用人に疑われることになる。それはよろしくない。


 だからその日、モーガン様が来訪するとは知らずに、私は食べやすいような野菜を煮崩したスープと柔らかい白パンを手ずから妹の部屋に持っていった。


 使用人たちの噂は聞いても、やはり自分の目に映るマリアは痩せてはいなくとも、ドアを半分だけ開けて覗かせる姿は憔悴して見えた。今はなんだかんだ、本当は食べていないのかもしれない、なんて思ったのだ。


「いりません、そんなもの……お姉様、心配されなくてもマリアは大丈夫です」


「でも、マリア、何かは口にしないと……」


「いらないって言ってるでしょ!」


 ドン! と扉を思い切りマリアが開いて私は突き飛ばされた。手に持っていたスープとパンが私のドレスを汚し、マリアは私を邪魔そうに睨んでいた。


「何をやっている!」


「モーガン様?!」


 私は驚いてしまった。来訪の前には必ず使いを寄越すモーガン様が、突然家の……屋敷のプライベートな部分に踏み込んできたのだ。


 私とマリアの様子を見比べ……そして目にいっぱいの涙をいつの間にか湛えていたマリアと、私が被っている質素な……消化にいい食事を見て、あまりのタイミングの良さとこのような無礼な事を立て続けにされて驚いて固まっている私を見て、モーガン様は怒りに顔を歪めた。


「ジュリア、君がマリアを虐めていると聞いた時には愕然としたが……それでも、君も母上を亡くしたショックからどうしようも無かったのだと思った。しかし、今君が被っている食事は何だ? マリアにそんな物をあたえて、自分たちだけは普通に晩餐を食べていたのか? ありえない。そこまで卑劣な女だとは思わなかった……」


 モーガン様は一体何を仰ってるの?


 理解の追いつかない私は固まったまま動けない。近くにいた使用人に言われて、一先ずマリアの部屋に入った。廊下で騒ぐ物では無いからだ。駆け付けてきた執事も一緒に部屋に入って、そして。


 マリアは部屋に入るなり、モーガン様にもたれかかった。立っていられないという様子で、ベッドに横になる。


 私もまた、立っていられなかった。どうして? という疑問が頭の中で渦巻く。


 一人剣呑な表情を浮かべて私を見下ろすモーガン様。そして、マリアへの慈しみの視線を向けるのを見て、私は思った。


 いけない。それは、あってはならない。


 だから私は膝をついたまま、モーガン様に懇願した。誤解だから話を聞いてくれ、と。


 しかし、私の知る最悪の……そして私しか知る由のない最悪の言葉が、モーガン様から宣告された。

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