王女の話2
ーーカランカラン
ドアについているベルを盛大に鳴らし店内に入ると、中を一瞥した。嬢ちゃんーー王女様はおらず、俺が知っている、狂暴化したモンスターと対峙したと言っていた冒険者が隅で泥酔してぶっ倒れている。どうやら流石のお転婆王女様も泥酔冒険者相手では諦めたらしい。
「おっマルコスさん、やっとお帰りかい?」
1杯の酒をちびちび飲みながらほろ酔いになったオヤジがそう声をかけてきた。
「あぁ、この通り酒もつまみも大量だ」
言いつつ、両手に持っていた荷物を全て机の上に下ろす。
「そろそろそいつもなくなってきただろ、追加するか?」
オヤジが大切そうにちびちび飲んでいる酒を指さして言うと、バツが悪そうに目線をそらされ、
「ま、まだ入ってらぁ……」
ハハッ、と豪快に笑うと隣の席に座り小声で話しかける。
「なあ、さっきここに王女様は来たか?」
現状を見るに諦めた気もするが、一応確認はしておきたい。
「ん? あぁ来たぜ、ついさっきな」
やはり来てはいたらしい。
「なんかモンスターが狂暴化とかいってたなぁ……」
「で、そのまま目撃者が見つからず帰って行ったのか?」
いや、と言いながらオヤジは部屋の片隅を指さした。
「あそこらへんにいた若造となんか話してそのままどっか行っちまったぜ」
オヤジが指さした方を見ると、そこには泥酔している冒険者……いや、従者のほうがいない?
ーーまさか。
「まさか嬢ちゃん、あの従者と行っちまったってのか!?」
いくらスライムやゴブリンとはいえ、狂暴化なんて異変個体だ。通常個体ならまだしも何が起こるか分かったもんじゃねえ。あそこで寝ている奴ならまだしも、まさか冒険者見習いの従者と行っちまうなんて……。
「くそっ!」
放置するんじゃなかった、そう思いながらさっき鳴らしたベルを再度盛大に鳴らした。
――ぺたんっ、ぺたんっ。
「ちょ、ちょちょちょっと、逃げないでくださいよ!! あなた、冒険者さんなんですよね!?」
必死に特大スライムから必死に逃げながら、私よりも先に逃げ出した冒険者に向かってそう言った。
「ぼ、僕がですか!? 冒険者は冒険者ですけど、僕はまだ見習いで……」
……冒険者じゃない?
剣と盾を持ち、動きやすい服装。誰がどう見ても冒険者の装いにしか見えない。現に私もそうだと確信して今回の依頼をしたのだから。
「この洋服も武器も、今一緒に冒険させてもらってる冒険者さんのお古ですし、敵と戦ったことなんて数えるくらいしか」
私の考えを知ってか知らずか、私が冒険者だと勘違いをしていた彼はそう言った。
それにしても、足が速い。さっきまでの速度はなんだったのかと思うほどにものすごい速さで彼は駆け抜けて行く。距離を離されないようについていくのが精一杯だ。
「はぁっ、はぁっ……す、スライムも倒したことないんですか!」
「スライムくらいはあるけど……一体だけ、それも不意打ちで倒したくらいで……」
「そ、そんなっ」
彼に対する文句が堰を切って溢れそうになったが、グッと喉元で抑えた。勘違いしたのは私だし、それにあの時意味深にハープを出したのをもし指摘されたら困る。
「君はどうなの、あの時の感じからして攻撃魔法を出せるのかと思っていたけど!」
……ああ、覚えられていた。
「ま、魔法は使えます! ……回復魔法だけですけど」
後半はなるべく聞こえないように、小声でボソッとそう伝えた。
「回復魔法だけ!?」
……ああ、耳はいいんですね。
「魔力はたくさんあるのでいくらでも傷ついてください!」
「いやだよ!?」
こんな会話をしている間にも、少しずつスライムとの距離が近づいている。飲み込まれるのも時間の問題だろう。
「このままではジリ貧でしかないです、私も頑張るので一緒にやりましょう!」
そう言うと、急停止して踵を返した。
「ええっ! ……もう、知りませんよ!」
もうやるしかない、こんなところで死ぬわけにはいかない!
彼は剣を、私はハープを構えて敵――特大スライムと対峙する。
「ぶ、武器から考えて僕が前衛ですよね?」
彼の足は震えていて、武器の持ち方もおぼつかない。本当にモンスターを倒した経験は少なさそうだ。
「そうですね、回復は任せてください」
「こ、攻撃は?」
「……頑張ります」
そう言うしかなかった。現にこれまでまともに攻撃魔法をうてたことがないのだから。
「い、いきますっ!」
そういって、勢いよく振り上げた剣をスライムにむけて振り下ろした。目の前の特大スライムは確かに恐ろしいが、こんなに大きければ的でしかない。動きが速いわけでもない大きな的を、深々と剣が切り裂いた。
「や、やった!」
だがしかし、何も効果がないことはスライムの表情が物語っていた。全くの無傷。なんなら何をされたかわからず首をかしげている様にも見えてきた。非常に腹立たしい。
「すらぁ?」
確実にかしげている。やっぱり腹立たしい。
いや、そんなことを言っている場合ではない。現在のパーティは剣士とヒーラー。唯一の攻撃職である剣士の攻撃が効かないことが今証明されてしまったのだ。
何度も何度も切りつけるが、スライムはそんなことは全く意に介していないらしい。
と、急にスライムの巨体が潰れだした。
「これは……」
深く沈み込み、次の瞬間には反動を利用して大きく飛び上がる。
――速い!
あの巨体からは想像ができない速さで大きく飛び上がったスライムは、この後重力を味方につけて私たちに襲い掛かってくるだろう。あの大きさのスライムに上からのしかかられたらひとたまりもない。
次に起こる出来事を予測した瞬間、私たちは散り散りに逃げ出してた。本能が危険だと察知し、体が勝手に動いていた。今はただ、あの巨体が自分の上に降ってこないことを祈りながら走り続けることしかできなかった。
どごおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉっっ
あたり一帯に鳴り響く轟音。スライムの放った衝撃は凄まじく、突風が吹き荒れて周辺の草木が地面から引き抜かれそうなほどだ。
間一髪スライムの攻撃を避けた私たちはその突風に抗うすべもなく地面に伏せているしかなかった。
「ど、どどどうしましょう……」
近くで冒険者見習いだという彼の声が聞こえたが、その質問に答える余裕は今はない。ただその声色から察するに半泣き状態で戦意喪失しているに違いない。かくいう私も戦意喪失寸前だが、今私が諦めてしまったら確実にここで死んでしまう。剣が通用しない以上私がやるしかないのだ。
魔力はいくらでもある。やるしかない。
覚悟を決めて、体勢を整える。綺麗な魔法でなくてもいい。少しでも種火ができればそこに全力で魔力を込める。それだけでいい。これは実践なんだから勝てればなんでもいい。
――ぽろろん。
今この場にはとても似つかわしくない、とても綺麗な音色がハープから響き渡る。目の前のスライムは既に次飛び上がる準備をしている。焦りつつも魔法――ファイアボールを出すために魔力を集中させる。ここで決めなければ次は絶対にやられる。
「あああぁぁぁっっ! ファイアボールっ!」
精一杯気合を込め全力で火属性の攻撃魔法を放つ――はずだった。
「なにも……出ない……?」
おかしい。なぜ。魔力はちゃんと集まっていた。きちんとした形をした魔法は放てなくても少しの火くらいは……無理だったのか、最初から。こんなことになるなら練習くらいしとけばよかったな。せめて巻き込んでしまった彼くらいは逃げて――
そう思い彼のほうを見ると、想像もしていなかった光景が目に入った。
あんなに逃げ腰だった彼が全力でこっちに向かってきている。
「逃げてくださいっ! 私たちではどうしようもない、せめてあなただけでも逃げてっ!」
そう言っても彼の足が止まることはなかった。
「女の人がこんなにも頑張っているのに、僕だけ逃げることなんて……できない!」
そう言い、私を抱えて剣を構えた。
すでにスライムは上空に飛んでいる。今から逃げても間に合わない。ただ奇跡を信じて守られることしかできない。
ふと、不思議な感覚を感じた。……まだ魔法が発動していない?
おかしい、不発とはいえ確実に魔法は放ったはずなのに。
いや、今はそれどころじゃない。可能性は引くとはいえこの魔法さえ発動できれば助かるかもしれない!
「お願い……私たちを守って!」
今度こそ、全力で……今度こそ、失敗しないよう。
そう思い全力で魔力を放出した。
「……でない?」
いや、違う。今度こそ魔法は発動した。でもこれは――
「な、なななんですかこれっ」
彼が構えていた剣が紅く染まり、炎のような熱を放っていた。
なんで魔法が発動しなかったのか、なんで今彼の剣が光っているのか。今なら全て合点がいく。私が使ったのは攻撃魔法ではなく、属性付与魔法。さっきはその対象となる武器がなかったから不発だったんだ。勘違いとはいえ、私の全力の魔力を使った属性付与魔法。これでなら勝てるかもしれない。
「その剣で――やっちゃってくださいっ!」
これで……倒れて……!
「信じますよ! ああああぁぁぁぁあぁぁっ!」
構えた剣を落下してくるスライムに向けて全力で振り下ろす。
途端に熱風と強い光があたりを包み込んだ。
吹き荒れていた風は止み、強い光も熱ももうここにはなかった。
ただあるのは、静けさのみ。
「勝ったん、ですかね?」
その静けさを破ったのは、スライムを討伐した冒険者見習いだった。
彼が疑問に思うのも分かる。私も同様に勝ったか半信半疑だ。私が使った属性付与魔法は威力が凄まじかったらしく、スライムに向けて剣を振り下ろした瞬間、強い光で視界を奪われたと思ったら跡形もなくスライムが消失していたのだ。おそらく熱で蒸発したのだろうが、実際に倒した場面を見れていないのだから当然だろう。
「お、おそらく……?」
今いるのは見晴らしのいい草原。ましてやあんなに大きいスライムを見失うわけもない。念のため空も見渡してみたが全くいる気配はない。実感こそわかないが、私たち二人で倒したらしい。
一人では死んでいたかもしれない。今はただ、草原に吹き抜ける優しい風を感じながら何も考えずに生きている実感を感じていたかった。
「と、こんな感じです! あのあとマルコスさんに怒られて大変でした……」
はぁ、と深くため息を吐きながら自作の料理をもくもくと食べている。スライムとはいえ200体近くの集合体を一撃で倒せるほどの威力を出せる属性付与魔法を使えるとは、魔力量に関してはやはり申し分ないらしい。
「あれ、魔王は?」
一瞬忘れかけていたが、僕が一番聞きたかった魔王の話がほぼ出てこなかった気がする。
「あー、直に見たことはないです……少なくとも私は先ほどお話しした狂暴化したスライムに出会ったくらいで……私たちの国よりほかの国のほうが被害は多いかと」
話が違うじゃないか。とてつもない被害を被っているからこそ勇者を召喚したんじゃないのか?
「てっきりすごい被害があったから勇者を召喚したのかと」
きょとん、というオノマトペが似合う顔をしたオルフェウスがこちらを見ている。
「あー、そこらへんはお父様が説明しようとしてたんですけど――」
なるほど。
『僕がここに召喚された理由は理解しているつもりです。早速旅に出て魔王を倒してきましょう』
ふと、王に向けて自分が発した言葉を思い出す。
……恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! え、何も理解してないじゃん、めちゃくちゃ知ったかぶりしちゃったじゃん!
「え、じゃあなんでオルフェウスの国が勇者の召喚を? 普通、被害が大きいところがやりそうだけど」
必死に冷静を装いながら自分を召喚してくれた王女に尋ねる。
「理由は大きく分けて二つあります! 単純に勇者を召喚できるレベルの召喚士がいることと、大きな被害が出る前に魔王の討伐をしたいとお父様がおっしゃったからですね」
珍しいタイプの本を選んでいたらしい、という感想とともに本当に細かい内容を覚えていないことを痛感する。
「うちの国の召喚士さんには最初に会われたかと思いますが、ああ見えてあの子すごいんですよー」
にこやかに笑いながらも持参したご飯を食べる手は一切休まず動き続け、そろそろ無くなりそうになっている。7割がたはオルフェウスが食べている。すごい食欲だ。
「勇者さんはもう食べないんですか? じゃあ食べちゃいますね?」
そう言うと、ひょいっと僕の手元にあったお肉を自分の胃袋におさめていく。
……8割がたはオルフェウスが食べているかもしれない。
あんなにあった食料はもうほぼなく、僕のおなかは既にいっぱいだ
「ふう、おなか一杯です。勇者さんもたくさん食べれましたか?」
「うん、ありがとう。満腹だしすごいおいしかったよ。もう少し休憩してから出発しようと思うんだけど、オルフェウスは大丈夫? お腹いっぱいで歩けないとかない?」
あの量を平らげたのだから、満腹で動けない可能性もあるだろう。休憩するのも好きだが、そろそろ出発したい。
「全然大丈夫ですよ、ほら、腹八分目って言うじゃないですか!」
さっきお腹いっぱいって言ってなかったっけ? というか、あの量を食べてまだ八分目なのはすごいな。
「そっか、じゃあ10分くらい休憩したら行こうか」
「はい!」
自然に囲まれながら女の子が作ったお弁当を食べる。とても現実ではありえない状況を享受を噛みしめて、これから自分がすべきことを考える。
魔王を倒す。これが最終的な目的だが、そこまでにはまだ色々とやるべきことがあるだろう。中ボスを倒したりダンジョンを攻略したり、仲間を集めたり。本の内容を覚えていないからこその高揚感が溢れてくる。少し不安もあるが、この世界の僕は無敵だ。どんなに強い敵だろうと倒して見せる。
いつの間にかうたた寝をしているオルフェウスの寝顔を見ながら、そう誓った。
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