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王女の話1

「僕のことより、オルフェウスはどうなの?」

「私のこと、ですか?」

「王女としてここでどんな暮らしをしてるのかとか……あとできれば、少し辛いかもしれないけど、魔王のことを少しでも聞ければいいなって」

 今のところ魔王の情報源はオルフェウスしかいない。勝てる予定とはいえ情報収集は大切だ。もしかしたら辛い記憶があるかもしれないが、今はオルフェウスに訊くしかない。

「魔王、ですか……」

 先程までの笑顔とは打って変わって神妙な表情をしている。

「折角ですので私のことと一緒に話しますね」

 ニコッと笑うと、そのまま話を続けた。

「私は、勇者さんの知っての通り王女です。一番最初に見ていただいたアネモイ城の唯一の王女で、両親には大切に育てていただきました」

 のどかで、暖かい風が一年中吹いている平原。そこでは植物や動物、人間などが豊かな自然に囲まれて平和に暮らしていました。私はそこで生を受けて、親の愛情だけでなく、国の人々の愛情にも包まれながら暮らしていました。

 ーー勇者さんはまだ見られてないと思いますが、お金はなくてもとても幸せだったんですよ?


「オルフェウス、オルフェウス!」

 のんびりお昼寝をしていただけなのに、母の声で起こされた。……まだ寝ていたかったのに。

「どうしたんですか、お母様?」

 今までお昼寝をしていた場所ーー木の上からひょっこりと顔を出すと、そう尋ねた。

「……まったくもう、お父様に見つかる前に早く降りてらっしゃい」

 私の奇行に慣れている母は、突如頭上から現れた娘の顔に一切驚くことなくそう言った。

 私はひょいっと木から降りると、

「何か御用ですか?」

「お父様がお呼びですよ、早く着替えていらっしゃい」

 短パンにシャツ、というラフな格好の私を一瞥してお母様は言った。この格好の方が動きやすいのに。

 基本的にはお父様が用意してくれたドレスを着て過ごしているが、やっぱり動き回る時はこの格好の方が好き。でも一度だけその格好でお父様に会った時にすごく残念そうな表情をしていたので、それからはお父様の前ではドレスを着るように気をつけている。

「お父様が? なんて言ってたのですか?」

「そこまでは聞いてないので、自分で聞いていらっしゃい」

 そう言うと母はどこかへ行ってしまった。きっと公務で忙しいのだろうが、身体を壊してしまわないか、それだけが心配だ。

 私は手早く自室へ戻ると、今着ている洋服の上からドレスを重ねて着た。多少暑いがどうせすぐ脱ぐのだから問題ない。

「んー、何か大変なことでも起きたのかな」

 特に今日は父に呼ばれる用事などはなかったはずだ。少し不安になりつつ、足早に父の元へと向かった。

 私が住んでいるこのアネモイ城は、外装と内装との落差が激しい。外から見るととても荘厳な雰囲気があり、とても豪華なお城だという自負がある。それに比べて内装はとてもシンプルだ。私の部屋にはベッドやクローゼット等必要最低限の家具はあるものの、そこに煌びやかな装飾はなく使用できれば問題がない。私の部屋だけでなく、今歩いているこの廊下にも装飾はなく、最低限のランプやカーテンなどがあるだけになっている。

 不安な気持ちを抑えながら早歩きをしていると、すぐにアネモイ城の現当主である父の部屋の前に着いた。

 大きくて古い扉をゆっくりと開けると、そこには俯いて椅子に深く座る父がそこにはいた。

 一体何が……? いつでもニコニコしている父が深く俯いている様子を見て、胸にあった一抹の不安が堰を切ったように全体に広がった。

「お父様っ……! 一体何があったのですか!?」

 大声を出し走って駆け寄るが、父に反応は一切なくそのまま俯いている。

 そこまで憔悴しきっているのか……国や民に何かあったとでも……?

「お父様っ! お父様っ!!」

 肩を掴み強く揺すると、父はゆっくりと顔をあげた。

「……オルフェウス?」

 その表情は私が想像していたものとはかけ離れた困惑の表情だった。しかも寝ぼけ眼の。

「来るのが遅くて寝てしまったよ。どうしたんだい、そんなに慌てて?」

「い、いや、なにも……」

 最後まで言いきる前に、全身の力が抜けてしまった。杞憂で良かった。

 まあ、来るのが遅かった私も悪い。そういうことにしておこう。

「それでーー」

 こほん、と咳払いをして本題を切り出す。

「どうしたのですか、お父様? 急にお呼びになるなんて」

「寝てしまってはいたが、とても大事なことを訊きたくてね。最近この辺りの魔物が狂暴化してきている噂を耳にしたのだが、オルフェウスは何か知らないかと思ってね。町で何か聞いたりしてないかい?」

 ……どうやらこっそり町まで出かけていることはバレバレらしい。

 魔物の狂暴化……聞いたことはないがーー

「聞き込みに行ってきますね!!」

 この堂々と町に遊びに行けるチャンスを逃す手はない。そう言うと、父の返答を待たずに颯爽と部屋の外へと駆け出した。

 全速力で自室に戻る。

 光の速さでドレスを脱ぎ捨てると、中に着ていた動きやすい短パンスタイルが露わになる。やはりこのほうが動きやすい。普段はコソコソとお城から抜け出しているが、今は違う。立派な口実がある。

「よしっ!」

 そう言うと、さっきまで昼寝をしていた庭へと駆け出して行く。

「オルフェウス、お父様はなんてーー」

「気になることがあるらしいので、私が代わりに村で調査してきますー!」

 母からの質問にも足を止めることなく、そのまま村へと一直線に向かった。


 5分程走ると、目的の村へと着いた。

 規模は小さいが活気に溢れており、私はここがとても気に入っている。武器屋や防具屋、宿屋に酒屋。一通り必要なお店は揃っていて、不便に思うことはないだろう。

「魔物の狂暴化……」

 合法的に(?)外に出られる喜びが強くて忘れていたが、それが本当だとしたら大問題ではないだろうか。そもそもこの辺りに魔物が少ないというのもあってか、少なくとも私自身目撃したことはない。今村に向かってくる道中も、魔物には1体も出くわさなかった。

 だけど父は噂を聞いたと言っていた。少なくとも村人の誰かが見かけていたと考えるのが自然だろう。

「おっ、お嬢ちゃん! 難しそうな顔してどうした!」

 そんなことを考えていると、酒屋の店主にそう声をかけられた。

 "お嬢ちゃん"という呼び方は、親しみと皮肉が込められている。決して私を王女と認識して無い訳ではなく、おふざけ半分、私からのお願い半分、と言ったところだ。この村の住人以外の人に身分がバレるのは、損はあっても得なことはひとつもないのだから。こんなところに一人で来ている一国の姫なんて、盗賊たちにすれば格好のカモでしかない。

 しかし、酒場の主人と出くわすなんて丁度いい。この村で一番情報が集まるならあそこしかない。

「ちょっとお訊きしてもいいですか?」

「おっ、どうたんだい?」

 私が尋ねると、恰幅のいいおじさんがにこやかにそう言った。

 二カッとむき出した歯に光る金歯。初めて見た時は少し怖かったが、今では安心するレベルには見慣れている。

「少し噂を聞いたのですが、ここら辺の魔物が狂暴化しているという話、聞いた事ありますか?」

 そう尋ねると、酒場の店主ーーマルコスさんは顎にたくわえている無精髭を擦りながら、

「あぁ、聞いたことはあるぜ。ただ狂暴化つってもスライムやゴブリンが多少好戦的になってるくらいらしいがなぁ」

 そう聞くと大したことがないように聞こえる。ゴブリンはともかくスライムなんて、素手はさすがに無理だとしてもそこら辺に落ちている木の棒くらいあれば素人でも倒せるだろう。

「強くはなってないってことですか?」

「あぁ、俺自身見たわけじゃねぇが話を聞く限りそうらしい」

 なるほど、スライムとゴブリン。そうなってくるとーー

「ちなみにモンスターに出会った冒険者さんっていらっしゃいますか?」

「あぁ、ちょうど俺の酒場にいると思うが……もしかして嬢ちゃん……」

 そのまさかだ。

「なるほど、ありがとうございましたマルコスさん!」

 そう言うと足早に酒場へと向かった。その冒険者に話を聞いて、共にモンスターのもとへ行ってもらうために。

「まあ、あの冒険者なら安心して任せられるか」

 呟くマルコスさんを背にしながら。


 ーーカランカラン

 扉に付いたベルの音を響かせながら、マルコスさんの酒場の扉を勢いよく開いた。

 まだ日が沈む前だというのに店内に人は多く、皆それぞれ色んな感情を持ってこの場に似つかわしくない人ーー私を凝視している。私を王女と知ってる人や知らない人、この場に王女がいる訳がないと自分の目を疑っている人。そして泥酔している人。

「この中で、狂暴化したモンスターに出会った方はいらっしゃいますか?」

 そんな人々の視線を気にすることなくそう言うと、店の隅にいた男性が声を上げた。

「こ、好戦的なスライムになら会ったことありますけど、そ、それですかね……?」

 薄暗い店内では分かりづらいが、背中に剣を背負っており冒険者らしい格好をしている。酔っている様子もないし、ちょうどいい。

「急な依頼で申し訳ないのですが、その場所に連れていってもらうことは可能ですか?」

 突然の依頼に、冒険者らしき男性は慌てた様子で、

「い、い行くのはいいですが、人を守ったりとかは苦手で……」

「あぁ、それなら心配はいりません」

 そういうと、かばんに入れておいたハープを取り出した。


「早く早く! 置いていっちゃいますよ?」

 そう言いながら広い草原をスタスタと歩いていく。

 なぜ道案内をしてくれるはずの冒険者より私が先を歩いているのか。理由は明白、彼の足が遅いからだ。

「ちょ、ちょっと待ってください……はぁはぁ……僕は君より重い荷物持ってるんだから……」

 私の持ち物、ハープ。彼の持ち物、剣と盾。……まあ確かに重くはあるけれど。

 本当に大丈夫なのだろうかと、どんどん不安が募ってゆく。あの冒険者なら安心して任せられる、とマルコスさんが言っていた気がするのだが。聞き間違いだったのだろうか。

「ま、まってぇ……」

 まあ仮にも冒険者らしいし、いざとなったら戦えるだろう。それに相手はスライムだ、きっと大丈夫。

 そう考えながら自分の武器に目を落とした。

 私はあのとき酒場で堂々とこのハープを取り出した。さも自分も戦えるかのように。実際には回復魔法しか使えないのに……しかも初級の。

「はぁ……」

「ど、どうかしたんですか?」

 いつの間にか追いついていた冒険者が隣を歩いていた。さっきまでの悩みを無理やり追い出し、笑顔を取り繕う。

「意外と歩くなぁ、と思いまして! 冒険者さんがスライムと会ったのはまだ先ですか?」

「んー……」

 私の不自然な笑顔に疑問を持つことなく、必死にスライムに会った時のことを思い出そうとしてくれているようだ。

「確かここら辺だったような……あっ、ここだ!」

 そう言うと、一目散に何かに向かって駆けて行った。

「どうしたんですか?」

 後を追って行くと、そこには綺麗な一輪の花が咲いていた。この草原には多種多様な花が咲いているが、何故かその花は一際目を引く。とても綺麗で、それでいて過度に派手な訳ではなく。とても力強い自然の力を体現しているかのような、不思議な花がそこにはあった。

「綺麗ですよね、この花!」

 私が花に見とれていると、冒険者はそう言った。

「あの時もすごい疲れてて、この花を見つけて近くで寝転んでたんですよね。で、しばらく寝てたらあの先の森の方から1匹のスライムがーー」

 そう言いながら森の方を見上げた冒険者の動きが急に止まった。

 森は今私の後ろにある。すなわち、何を見て冒険者が硬直したのかそれをすぐに知るためには後ろを振り向くしかない。

 ーー何かがいる。

 物凄い気配を後ろから感じる。

 ーーぺたんっ。ぺたんっ。

 この音は。この気配は。

 背後に何がいるのか。頭では分かっていても振り返るしかなかった。いつものそいつの気配とは違う何かを感じたから。一目散に逃げるべきはずなのに。この時ばかりは自分の好奇心を恨んだ。

「こ、こここれは……!」

 後ろにいるのはきっとスライム。でも何かが違う。冒険者がスライムを見ている割には余りにも視線が高すぎる。

 そう思いながら、ゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには確かにスライムがいた……おおよそ200匹のスライムが集まったであろう、特大スライムが。


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