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勇者の話

 そんなに時間もかからず突っ切れるだろう、そう何も考えず森に入ったがどうやらそうもいかないらしい。思ったよりも険しく、深い森が目の前に広がっている。

 最初はノリノリで歌を歌いながらハイキング気分で歩いていたオルフェウスも、今は無言で歩いている。それもそうだ、平坦な道のりでもなければ湿度も温度も高い。見たことも無い虫に囲まれ、時には顔に当たり、こんな劣悪な状態でノリノリで歌えるほうが異常だ。中に入るまでは分からなかったが、ここはどうやら森というよりはジャングルに近い場所らしい。

「勇者さん、何かここを早く抜けるすべとかないんですかー? 流石にそろそろ疲れてきちゃいました……」

 そう言うオルフェウスの顔は、確かに疲労の色が見える……いや、もはや疲労一色だ。

 早く抜けるなんて僕にかかれば簡単だ。何故最速でこんな所を抜け出さないのか。理由としては単純明快、ただこの時間が好きだからだ。現実世界では出不精な僕だが、ここでは全く違う。見たことも無い街や自然、空気までもが新鮮で僕の心を満たしてくれる。物語の流れは大筋がわかっていれば満足なのでキャラクターとの会話は省きがちだが、それ以外は違う。どうせ物語が終わったらまたあの現実に戻されるんだ。もっと沢山ここの雰囲気を味わっておきたい。しかしーー

「もしくは休憩とか、しませんかー? もうクタクタですー……」

 流石に休憩はした方が良さそうだ。

「そんなに切羽詰まってる状況でもなさそうだし、少しくらいは休もうか」

 僕がそう言うと途端にオルフェウスの瞳が輝きだし、さっきの姿からは想像できないスピードで2人が座るのにちょうどいい大きさの岩を見つけ出した。

「休憩、それは即ち! ……なんだと思います!?」

 ……本当に休憩が必要なのだろうか。

「んー、水分補給とか?」

「あー、惜しい! 惜しいですよ勇者さま!」

 そう言いつつ、持っていただけで今まで出番のなかったリュックサックを漁っている。

「これですよ、これ!」

 そう言いながら出したのは、二人分とは思えない大きさのお弁当箱だった。

「これでも食べながらお話しましょ! まだちゃんとお話したことないですし、勇者さんのこと、もっと知りたいです!」

 数分後、そこには今まで見た事のない食材がふんだんに使われた手料理が大量に並べられていた。見たことの無い色をした人参らしき何か、見たことの無い形をしたキノコらしきなにか、挙げていたらキリがない。唯一お肉だけはそれらしい色と形をしている。

「さあさあ、食べましょう語りましょう!」

 またもやリュックを漁ると、そこから食器類が出てきた。実に用意周到だ。

「勇者さんのこと、沢山教えてください!」

 相当お腹が空いているのだろう、オルフェウスはヨダレを啜りながらテキパキと食べ物を取り分けていく。

「そのリュックの中身、ずっと気になってはいたけどこんなものを用意してくれてたんだね、ありがとう」

 色に多少不安はあるが、匂いを嗅ぐ限り相当美味しそうな香りをしている。こんなに大量の料理をずっと持っていたなんて、相当重かっただろう。

「私、こう見えても料理は得意なので! 使ったことの無い食材ばっかりですがお城にあったものを使ったので大丈夫かと!」

 そう言いながら、手際よく取り分けた料理を僕の方へ差し出してくれた。……そのセリフを聞く限り、普段作るレパートリーは少なそうだ。

「ありがとう」

 そう言うと、試しに一番見た目的に大丈夫そうなお肉を食べてみる。

「……おいしい」

 僕がそういうや否や、

「そうでしょうそうでしょう、これ全部私のお手製かつ自信作なのでどんどん食べてください!」

 すごい勢いで自分の手料理をかきこみつつ、キラキラと輝いた瞳をこちらに向けながらそう言った。そして一通り自分のお皿にあった料理を食べ尽くすと、

「色々訊いてもいいですか?」

 そう、満面の笑みを僕に向けた。

 まだ出会って間もないが一つだけ言えること。それは、オルフェウスは屈託のない笑顔を僕に向けてくれる、という事だ。現実世界でこんな笑顔を向けられることなんて、ここ最近は全くない。……いや、生まれてこの方なかったのではないだろうか。この笑顔を見る度に少しくすぐったくて、とても温かい気持ちになれる。

 そんなことを考えていると、返事をしない僕を見て機嫌を損ねたと思ったのか、少し不安げな表情でオルフェウスが僕を見ていた。

「……だめ、ですか?」

「いやいや、そんなことはないよ! どんなことをききたいの?」

 オルフェウスを不安にさせないよう、精一杯の笑顔を作って僕はそう言った。

 そんな僕の努力が功を奏してか、いつもの笑顔でオルフェウスは、

「勇者さんのこととか、勇者さんがいた世界のこととか訊きたいです!」

「なるほど、僕自身のことかぁ」

 ーー僕のいた世界。現実世界の僕。

 現実世界の僕なんて大したことない人間だ。この世界で勇者を名乗るなんて烏滸がましい程に。

 現実世界の僕は平凡な人間とすら言えない。下の下の人間だろう。中学生までは平凡を名乗れていたかもしれないが、高校に馴染めず中退、そのまま親に甘えっぱなしの僕には一体何があるのだろうか。

 ふと、次の言葉が僕の口から紡がれるのを待っている女性に不思議な感情が芽生えた。

 なぜ、この物語が終わったら全てを忘れてしまうのにこんなにも僕に関心を持ってくれるのだろうか、と。

 もちろんこの感情はこの物語を客観的に見ている僕だから抱くものであり、オルフェウス自身はそんなこと微塵も考えていないだろう。

 どうせ忘れられるのなら、現実世界の現状を全て話してしまってもいいのかもしれない。現実世界にはそんなことを話せる人なんて一人もいないのだから。ふとそんなことを思ったが、やはりここでは、少なくとも格好悪い自分をわざわざ曝け出す必要は無いだろう、と思い直した。

「僕が元々いた世界はこことは全然違う世界で、魔法なんてないし、僕自身も何の取り柄もない普通の人だったよ」

「ということは、勇者さんはこの世界に来て初めて魔法に触れたってことですか!? それなのに私を強化魔法でこんなに強くしてくれたのですか!」

 えっ、ほんとですか、と先程から継続している瞳の輝きをそのままに、ぐいっと身を乗り出してきた。

「あー、まあそんな感じかな」

 ははっ、と笑いながら軽くかわしたが現実は少し違うと思っている。僕が発動したのはこの世界の理外から干渉する能力。いわば【書き換え】のほうがしっくりくる。あの時もオルフェウスの魔法力を書き換えたのだ。そもそもこの世界での僕の役割は剣士で、魔法は全く使えない設定。【書き換え】でそれっぽいことはいくらでもできるだろうが、この世界で使われている魔法は全く使えない。このまま仲間が増えない、もしくはこれからの仲間が全員格闘系だった場合は、魔法に関してはオルフェウスに一任するしかないのだ。

「やっぱり凄いですね、勇者さん! 天才です!」

 天才……現実世界では僕には対極に存在する言葉を受け、むず痒い。とてもむず痒い。だがまあ、この世界で僕は確かに天才なのだ。

「もしこの世界で困ったことがあるならなんでも言ってくれれば、きっと力になるよ」

 そう、優しくオルフェウスに微笑みかけた。

「ありがとうございます!」

 そう笑いながら言ったオルフェウスは、少し言いづらそうな顔になると、

「ちなみにこちらの世界の都合で無断召喚してしまったのですが……大丈夫ですか、御家族とか、かか、彼女さんとか」

 ……今、天才以上に聞き馴染みのない単語を聞いた気がする。か……の…………じょ……?

 彼女。カノジョ。かのじょ。あー……あれね、異性とこう、いい感じになるあれ。天才なら万が一、いや億が一あるかもしれないけど彼女は絶対にない。断言できる。正に対極の単語。

「何度かこういう経験はしてるけど、そこら辺は大丈夫だよ」

 彼女という単語への戸惑いを悟られないよう、僕はそう言った。

「何度もこんな経験を!? その度に彼女さんを……大丈夫なんですか……?」

 ……なぜ彼女がいる前提なのか。

「うん、(いないから)大丈夫だよ」

 これ以上突っ込まれないことを祈りながら、そう誤魔化した。実際問題、もし彼女がいたとしても大丈夫なのだ。今までどんな長編大作の物語を体験したとしても、一晩以上時間が経っていたことがない。というより、どんな長さの物語でも一定の時間しか経過していないのだ。

「まあ勇者さんが大丈夫というのなら」

 少し悔しそうな、なんとも言えない表情で何度も頷いている。

「ところで、何度もって言ってましたけど他にはどんなところに召喚されたのですか?」

 実際は物語の主人公になるだけでどこでも召喚されている訳ではないのだが、

「昔話の世界や御伽噺の世界、SFものやサスペンスとか、本当に色々だね」

「んー、なんかよく分からないですけど、色々な世界を救っているのですね! 流石勇者さんです!」

 屈託のないオルフェウスの笑顔。今後幾度となくこの笑顔に救われる未来が安易に想像できた。


読んで頂きありがとうございます!


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