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勇者始めました

 様々な種類の木々が生い茂った森。自然豊かなこの森には小鳥のさえずりが響き渡り、中心にある大きな池には色とりどりの魚たちが優雅に泳いでいる。

 そんな森の外れにある立派なお城の一室で僕は目を覚ました。

「目を覚まされたようじゃのう」

 優しそうな顔をした老婆がこちらを覗き込んでいる。

 メイドの様な服を見る限りここの主という訳ではなさそうだ。

「ここは……?」

 ここはこの緑豊かな国を治める王が住んでいる城の一室。今この国は魔王の侵略を受けており、壊滅の危機に瀕している。そこで僕、勇者を召喚して魔王を倒してもらおうって訳だ。とまあここまで分かっていてもちゃんと質問をするのは物語を進めるためだ。……なんとなくは覚えているもののこの城の名前、なんだったっけかな。

「ここはアネモイ城。我が主が所有する唯一無二の城じゃ。起きたばかりで悪いが、お主を勇者と見込んで話が――」

 と、物語のあらすじを言いかけたところでこの部屋唯一の扉が大きな音と共に勢いよく開いた。

「勇者様っ! 勇者様はどこに!??」

長いブロンドの髪を靡かせ、優美な装飾があしらわれた空色のドレスを物ともせずこちらに駆け寄ってくる。

「お、お嬢様っ、はしたないですぞ!」

「そんなのはいいの、今は勇者様の安否が大切でしょっ」

そう言いながらメイド姿の老婆を押しのけ、勢いよくこちらに近づいてくると至近距離でこちらの顔をまじまじと見つめてくる。

 ……近い。

「ふむふむ、なるほどなるほど……」

 顔が触れるギリギリまで接近し、様々な角度からこちらの顔を凝視してくる。

「勇者様、前置きはともかく私が言いたいことは一つだけ! この世界を救ってくれますよね!?」

「も、もちろん……」

少しヤンチャなお姫様に圧倒されつつ、僕の王道ファンタジーの幕が勢いよく開かれた。


 他の作品の勇者と違うことなく国を救うことになった僕は、この国の姫と名乗る女性と謁見の間に向かっていた。言わずもがな、王に会うためだ。

 この国のいい所や勇者の伝説を嬉しそうに語るお姫様の話に適当に相槌をうちつつ、僕は改めて現状を整理した。

 まずは、この場所について。

 ここは先程栞を挟んだ物語の世界。内容の詳細は忘れたが、典型的な王道ファンタジー。国が魔王に支配され、勇者を召喚し、魔王を倒して、ハッピーエンド。流れ的にはこんな感じだったはずだ。

 次に、この能力について。

 基本的には自由に散策ができるし、呟いたことが現実になる世界。ただ制約はあって、この世界にそぐわないことをやったり生成することはできない。今いる世界は魔法で何でもできる世界な訳だが、ここで火縄銃を生成しようとしても出すことはできない。魔法を使った原理の似た銃を出すことは可能だが。

 そして自由に散策ができると言っても本当になんでもできる訳ではなく、物語の大筋をなぞらうのが原則だ。今回で言うと、この国に召喚され仲間を増やし魔王を倒す、といったところか。物語の中でこれが描かれてる以上、絶対に勇者が魔王に負けることは無い。言わば無敵なのだ。

 ちなみにこの世界を抜け出すためには物語を最後まで見届ける必要があり、途中で目を覚ますことはない。

 そして一番気を付けなければいけないことは、怪我は現実の自分に痛みだけ引き継がれるということ。一度だけ怪我をしたまま目を覚ましたことがあったが、傷こそなかったものの怪我の痛みはあった。それ以来は必ず怪我を治してから物語を終えるように心がけている。

 現状理解しているのはこと程度だが、真剣に研究している訳でもなく、まだまだ謎が多いのがこの能力の難点だ。

「――という訳で私の国に伝わる勇者様は凄いお方なんです!」

 お姫様の勇者伝説語りが終わると共に、荘厳な扉の前に到着した。どうやらここが謁見の間らしい。

「さ、行きますよ」

 こほん、と喉を鳴らすと先程までとは打って変わって落ち着いた表情を浮かべたお姫様が、ゆっくりと目の前の扉を押し開けた。

「お父様、勇者様をお呼びいたしました」

 開かれた扉を通ると、そこには想像していた光景とは正反対のものが広がっていた。豪華な装飾も煌びやかなシャンデリアも、王が鎮座するであろう高級な椅子も、そこには存在しなかった。

 そこにはただ、王が座るために用意されたとはとても思えない質素な椅子に腰掛けたおじさんがいるだけだった。……これが王、なのか?

「ほらお父様、勇者様をお連れしましたよ」

 先程までの元気ハツラツな様子は全くなく、お淑やかな一国のお姫様らしい笑みを浮かべている。

 それに応えるかのように、王らしき人物も柔和な笑みを浮かべた。

「これはこれは、よくおいでくださいました勇者様」

 笑顔ひとつで僕を安心させた包容力は間違いなく、王のそれだった。しかしだとしたらこの質素な部屋はなんなのか。

 部屋を訝しげに見る僕の様子を見て、王はそのまま続けた。

「この国は元々そんなにお金が無い国ですが、民の笑顔と豊富な作物と豊かな土地のある、立派な国なんです。私はこの国が大好きでね。民に少しでも楽に暮らしてもらおうと尽力をつくしていました。奴が来るまではお金はなくても楽しい国でしたんですがね……」

 なるほど、魔王が来たからこうなったのではなく、この部屋は前からこうだったのか。しかし見るからに王は疲弊している。どうやら早急にことを済ませた方がいいらしい。

「僕がここに召喚された理由は理解しているつもりです。早速旅に出て魔王を倒してきましょう」

 飲み込みの早い勇者に王は少し驚いた様子を見せたが、僕は気にせず話を続けた。確かここで仲間を一人見つける必要があったはずだからだ。

「旅に出るにあたって、仲間が必要です。ここに僕が召喚された以上、この国には召喚術が使える相当な使い手がいると思いますが」

 この問いについて、お姫様が答えてくれた。

「ああ、それならもうすぐこの場に到着するかと……彼女が勇者様を召喚した魔法使いですわ」

 そう言いながらお姫様が指差す先を見ると、先程僕が入ってきた扉から一人の人物が入ってくるのが分かった。その人物はとてもサイズが合っているとは思えない大きなローブを引きずりながら近付いてくると、軽く会釈をした。

「せ、僭越ながらわたくしが勇者様を召喚させていただきましたっ! こ、こここの国の召喚士を務めさせていただいているものですっ! よろしくお願いしますっ!!」

 少し言葉に詰まりつつも、大きな声が謁見の間に響き渡った。

「君が僕を……うん、よろしくね」

 少なくともこの世界で勇者を召喚できるレベルの能力はあるってことだ。仲間にするには申し分ないだろう。

「お父様、勇者様は仲間を連れて旅に出るようです。この国一番の魔法使いがついて行くということで大丈夫ですか?」

「ああ、いいだろう。この国、ひいては世界を救うためだ。そのくらい安いものだろう」

 そう言うと王はこちらに深々と頭を下げ、

「どうか、どうかこの国を救ってくだされ」

 その言葉は、とても重いものだった。普通に生きていたら一端のニートが一生感じることの出来ない感覚だ。

「では勇者様、こちらも準備がありますのでこの城を出たところで待っていてください。この国一番の魔法使いをよろしくお願いしますね」

 お姫様はそう言うとこちらに向かって、王に見えないように不敵な笑みをうかべた。

読んで頂きありがとうございます!


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