異常な日常
「ぐっ、くそがっ……くそがああぁぁぁぁぁあぁああぁ」
何時間にも渡る死闘の末、僕の放った一撃が相手の脳天に穴を開けた。
これで平和が訪れる。これで、この世界が救われる。
共に戦った仲間の1人が小走りでこちらに駆け寄ってくる。
「やった……やりましたね!」
涙ぐんだ瞳で満面の笑みを浮かべたその表情を見るだけで今までの苦労が報われた気がする。
「うん、みんなのお陰だ」
僕は少し笑いながらこう続けた。
「ありがとう」
程よい疲労感と敵を倒した高揚感に身を包まれて、生きていることを実感する。
みんなに必要とされている実感を得られる。
「さてと、そろそろ終わりかな」
そう言うと僕の意識は、この世界から切り離された。
目を覚ますとそこは、6畳の自室。今まで集めた様々なジャンルの小説が至る所に積み重なっている。
ここが、現実。一般家庭の長男。一戸建ての家の一室が僕の世界の全て。
今までいた世界とは正反対のここだけが、僕の世界の全て。
「あー、いくら勝てるからって余裕ぶって長時間戦い過ぎたかな」
先程まで手に持っていた銃も、身にまとっていた戦闘服も何も無い。僕は夢を見ていたのだ。最近お気に入りの宇宙戦争小説の夢。
その小説に挟まっている栞を手に取りながら、独り言を呟く。
幼少期に作った何の変哲もない栞。これが僕を物語の世界に連れていってくれる。
主人公になりたい本にこの栞を挟むとそのページから物語を体験することが出来る。物語の大筋を変えることはできないが、基本的には自分の好き勝手に行動することができる。初めて経験した時はただの夢としか思わなかったが、この事実を理解した時は大きな高揚感に包まれた。
何も無い僕を物語の世界に連れていってくれる。
何も無い僕に価値を与えてくれる。
それだけでなにか、救われたような気がしたんだ。
「さてと、次はどうしようかな」
寝ぼけ眼で早速次の本を漁る。
床に積み重なっている、本棚に収まりきらなくなった本の一番下から適当に一冊抜き取る。
ふと手に取ったその本は、幼少時代に初めて自分のお小遣いで買った王道ファンタジーの物語だった。
「んー、ありだな」
そう言いながら本の1ページ目に栞を挟もうとしたとき、激しくドアをノックする音が部屋に響いた。
「ちょっとお兄ちゃん、もうご飯だから早く降りてきて!」
それだけ言うと、声の主は大きな足音をたてながら階段を駆け下りて言った。まあ妹がドア越しとはいえ声を掛けてくれるだけマシだろう。
引きこもりで寝てばかりの兄、そりゃ嫌われて当然だよな……。
本に挟もうとしていた栞をポケットにねじ込むと、大きなため息を吐きながら夕飯を食べに一階にあるリビングへと向かった。
リビングへ入ると温かい作りたての夕食とともに、冷たい視線が突き刺さる。
当たり前だ。妹は現在有名な進学校に通い、かたや僕は高校中退のニート生活を満喫しているのだから。
妹は一瞬だけ冷たい視線をこちらに向けたと思ったら、すぐに僕をいないものとしてご飯を食べ進めている。
「ほらほら、早く座ってご飯食べちゃいなさい」
お母さんはそう言うと、手際よく僕が座った席の前にご飯の準備を進めていく。
「ありがとう」
少し恥ずかしげにそう言うと、黙々と目の前の夕食を食べ進める。
僕が高校を中退したときも、今こうしてただダラダラしているだけで家で何をしてなくても、お母さんは何も変わらなかった。
前に一度だけ聞いたことがある。こんな僕なのに愛想は尽きないのか、と。
お母さんは一言だけ、
「お母さんの子供であることにはなにも変わらないでしょ?」
寛容なお母さんにはただただ感謝しかない。……が、それを良しとしない人もいる訳だ。
「醤油取ってもらっていい?」
そう妹に言うと、こちらを一瞥もせずに無言で醤油を寄せてきた。
……まあ取ってくれないよりはマシか。
少し気まずい夕食を終わらせると、お風呂に入りすぐに自室へと戻った。
「さてと……」
そう言いながら夕食前に手に取っていた本を床から拾い上げる。昔はよく読んでいたこの本、何となくの話はあらすじは覚えているもののラストをイマイチ覚えていない。パラパラとページをめくり、すぐに本を閉じた。
折角なら物語の結末が分からないまま体験をしよう。
基本的に今までは読んだ事があるものでかつ、内容までちゃんと覚えている本の中にしか入ったことがない。今回の本も何となくは覚えているものの、結末を覚えていないならそのままのほうが楽しそうじゃないか。
そう思い立つとすぐに中身をなるべく見ないように本を開き1ページ目に栞を挟むと、枕元に建設された本の塔の一番上に置き、深い眠りについた。
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