行き詰まった推理
元から小さい何者か、かぁ。
「でもそうしたらさっきオルフェウスが言ってた通り、これくらいしか持っていけないんじゃない?」
そう言って手のひらに乗った謎のフルーツの最後の1粒を取って見せて食べた。美味しい。あのシェフが気付くくらいの量を持っていくのも食べるのも難しいのではないだろうか。
「むむむ、確かにそれはそうですね」
唸りながら顎に手を置いて深く考えている。もうお姫様の推理は行き詰った様子だ。かく言う僕もだが。
「それにここのリーダー、クロノスさんが言ってたこと覚えてる? 僕たちは気絶してる間に運ばれたから知らないけど、ここに来るまでの道は入り組んでて小動物どころか風も来ないって」
オルフェウスは忘れていたのか、より一層深く大きい唸り声をあげてしまった。
「じゃああのシェフさんが見た影はやっぱり虫なんでしょうか」
「んー、まあ誰かの服に付いていた可能性とかを考えるとそれが最有力だよね。ただそうするとほぼ唯一の犯人目撃談がなくなっちゃうから否定はしたくないけどね」
調べれば調べるほど真相から遠ざかっていっている気がしてならない。だけどこういう経験は現実だとほぼないし楽しさもある。意地でも自力で犯人を見つけたくなってきた。
「犯人像も分からないですが、入ってくる方法も分からないっていうのがモヤモヤしますね」
「一旦犯人探しじゃなくて侵入経路について考えてみよっか。一度もここに自力で出入りしてないしね」
こういうアジトに来るまでの道がどれだけ入り組んでるのか、シンプルに好奇心もある。
「そうですね、誰か案内してくれる人がいればいいですけど」
そんな話をしていると、都合よく目の前を通り過ぎる人影が。人影からオドオドしているのがよく分かる。
「アーレスさん!」
「おわっっ」
ここまであからさまに名前呼ばれただけで飛び跳ねて全身で驚きを表す人が他にいるのだろうか。体躯がいいのがよりギャップを強調している。
「ど、どうしたんですか?」
「つまみ食いの犯人調査に行き詰まってしまって……」
何を言われるか不安なのか、アーレスは大剣を背負うために鞘に付いている紐をギュッと握りながらこちらの様子を伺っていた。手汗で紐の色が変わってしまわないだろうか。
「そもそもここに来るまでの道のりを知らないから、誰か案内してくれそうな人を探そうとしたらたまたま君が通りかかったから声をかけてみたんだ」
要件を伝えると紐を握っていた手の力が抜け、安堵の表情に変わった。そんなに怖い顔を僕たちはしていたのだろうか。
「あ、あぁ、なるほど。今用事らしい用事は無いので案内できると思いますが……ちょっとクロノスさんに訊いてきますのでお待ちください」
そういうと、全力でクロノスさんがいるであろう場所へと走っていった。流石に打倒魔王を掲げているチームの一員だけあり、身体能力は大したものだ。
食料庫から何も考えずに歩いていたところでアーレスと出会ったため、待ってろと言われたここには何も無く、オルフェウスと他愛もない会話をするしかやることがなかった。
「ーーですから、やっぱりあのときのお肉が最高だったってことですよ! 聞いてますか!?」
なので隣の食い意地姫が昨日のご飯について熱弁する様を見ることしかやることがなかった。聞くのではなく見ることしか。
聞いていないことを隠すために欠伸を噛み殺していると、こちらに全力疾走してくる男が見えた。確認が終わったらしい。
「ほら、アーレスが来たよ」
「それでそれで……あっ、ほんとだアーレスさーん!」
思い出しヨダレを拭きながら全力で手を振ってその男を出迎えた。毎度思うが本当にお姫様の所作では無い気がする。
「あ、すみませんお待たせしてしまって。クロノスさんに言ったら、その原因はお前にあるんだからしっかりやってこい! って言われちゃいました」
ははは、と乾いた笑いが口から漏れ出ている。しかしあんなに全力疾走しても息切れひとつしてないのがすごい。
「あの時は本当に申し訳ありませんでした……」
どんどんテンションが下がっていって反省しているのがすごい伝わってくる。
「もう気にしてないので、そんなに気に病まないでください……」
こちらまでテンションが下がっていってしまう。
「そ、その分これから色々頑張りますのでよろしくお願いします!」
「おー、楽しみにしてます! 色々とよろしくお願いします!」
「よろしくね」
まあ2人のテンションを足して割ったらちょうどいいくらいかもしれないし、チームとしてはいい感じなのかもしれない。
「一旦ここから出てすぐ戻ればいいですかね?」
今は道順やどんな道かが分かればいいだろう。
「うん、それでお願いします」
これからチームになるであろう三人の初めての小さな冒険が始まろうとしている。安全な道を行って帰るだけだけど。