シェフへの質問
先程いた調理場ではなくシェフ専用休憩室のような場所に案内された僕らは、人が座りやすいように削られた岩の上に座って話を聞こうとしていた。
「ちょっと待っててくれな、お腹空いてないって言ってもフルーツくらいは食べるだろ?」
その空間で一人座っていないシェフは隅に置いてあった籠から赤い果実を取ると、木の板と包丁らしき刃物を使って果物を剥き始めた。
厳密には違うものだとは思うが、僕にはそれは林檎にしか見えなかった。来るぞ、ウサギみたいな飾り切りが。
「ありがとうございます」
流石に準備を始めた相手の好意を無下にするほどではない。それにどんなウサギが出てくるのかも気になるし。異世界のウサギはどんなやつなんだろうか。ほぼ一緒なのだろうか。
目にも止まらぬ速さで果物を剥き終わると、丁寧にお皿に並べて僕らに差し出してきた。
「えぇっ、こんな短時間でこんなことできるんですか!?」
オルフェウスが驚くのも無理は無い。差し出されたお皿には僕の想像を軽々と超えてくる芸術作品が乗せられていたのだ。ウサギなんてもんじゃない。それは鳥の形をしており、どう考えてもあの短時間で仕上げたとは思えない造形美だ。複雑な形に切られた様々な部品がミリ単位のズレも許されない計算し尽くされた位置に配置されており、それは今にも羽ばたいていってしまうのではと見紛うほどだった。美しすぎる。そして食べづらいにも程がある。
「食べちゃって大丈夫なんですか、これ?」
既に調理器具の片付けをし始めているシェフに対して、そう尋ねた。
「ん? フルーツ苦手だったか?」
「いや、決してそういう訳では……いただきます」
本人としては普段通りに切っただけなのか、意図が伝わらなかったようだ。少々どころではなく勿体ない気もするが素直にご馳走になろう。
「で、俺になんの用だって?」
早々と片付けを終えたシェフはそう言いながら僕らの前に腰掛けた。あまりの器用さに忘れかけていたが、僕らには大事な用があったのだ。
「あっ、忘れてました」
隣にいる僕にギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声が横から聞こえてきた。どうやらオルフェウスも忘れていたらしい。
「今問題になっている食料盗難被害についてお尋ねしたくて。先程、見つけたのはあなただと仰ってましたよね?」
「ああ、そんなこと言ってたな。確かに見つけたのは俺だが、それだけだぞ? 特に証拠となるようなものを見つけたわけでもない」
大きな手がかりでも、と思ったがそんなものはなさそうだ。まあそれもそうか、そんなものがあれば皆に言っているはずだ。
「最初は多少なくなってても誰かがつまみ食いしたのか位に思ってたんだけどよ、流石に毎日ってなると話は変わってくるだろ?」
失礼になるかも知れないが、気になっていることを聞いてみる。
「あの、そんな大量でないなら本当に誰かがつまみ食いしてるだけって可能性はないんですか?」
それを聞くと、シェフはハハッと笑いながら、
「ないない、俺がいるんだぜ? 別に食べるのを制限してる訳でもなきゃ俺に言えばいつでも美味しく調理してやる。なのにわざわざ毎日生の食材をコッソリかじる奴かいるなら見てみたいね」
確かにそれもそうだ。わざわざそんなことをする必要はない。
「先程料理いただきましたが、ほんっとうに美味しかったです!」
さっき大量に食べた料理の数々を思い出しているのか、ヨダレが口から垂れかかっている。
「珍しく大量に注文されたと思ったらおたくらの為だったのか、美味かっただろ?」
首をブンブン縦に振って感情をアピールしている。よっぽどお気に召したようだ。だが今の本題はそれではない。
「他になにか、気になってることや気付いたこと、些細なことでもいいんですがないですか?」
「そうだなぁ」
必死に思い出してくれているのか、右手を顎にやり、ここからでは決して見えない空を仰ぎ見ている仕草をしている。
「もう聞いてるかもしれないが、一回だけ小さい影は見たぜ。でもあんな小さいのはなぁ……」
「小さい影?」
「ああ、食料庫から出ていく影を一回だけ。ただ一瞬だけでほぼ見てないようなもんだけどな。大きめの虫くらいだったな……あとはあれだな、珍しく昨日は盗まれてなかったはずだ」
意外と知らない情報が出てくる。まあ詳しく事情を聞いたのは一人目だし、当たり前と言えば当たり前か。
それにしても昨日は盗まれていなのか。確かにクロノスさんも毎日ではなく‘’ほぼ‘’毎日と言っていたな。なるほど。
それからしばらく考えてくれてはいたものの、それ以上情報を得られることはなかった。
「ごめんな、俺が知ってるのはそんなもんだ」
「いえ、突然押しかけたのに色々教えていただきありがとうございました。フルーツまでいただいてしまって」
「美味しかったですっ! 是非また食べさせてくださいっ!」
お礼を言うと僕らは立ち上がり、休憩室を後にした。
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