物語の進展
複数の足音がする。この世界にきてこんなに大勢の人の気配を感じるのは初めてかもしれない。初めて行った村よりも多いのではないか。意識が少しずつ戻ってきているものの、まだ四肢に痺れを感じる。
「状態異常解除。対象、自分」
幸い口が動かせたため、小声で能力を発動した。どんな状況であれ自分の体が自由でない限り何もできない。ゆっくりと目を開くと自分が今テントのような場所の中で寝ていたことが分かった。人の気配は全て薄い布一枚を隔てた先のものだったらしい。テントの中には僕以外の人はいない。
と、ここで一つ疑問を抱いた。
――ここにいるのは僕だけ? オルフェウスはどこに行った?
さっきまでの状況をもう一度よく考えてみよう。僕が開けたのは宝箱だった。中身は空で、同時に作動したのは麻痺ガス。これはどう考えても罠だ。だがしかし今のこの状況はどうだろう。僕は特に縛られたりすることなくここに寝ていた。しかもいるのも檻の中とかではなく、ただのテント。脱出なんて容易いだろう。
「だとしたら、オルフェウスはどこに……?」
命の危険が迫っている可能性が低いにしても、どこにいるのか分からない今の状況は悪すぎる。もしかしたら女性だけをターゲットにしている可能性もある。足音が聞こえないよう慎重に出口に向かって歩き、外の様子を覗こうと布に手をかけた瞬間――
「わー、これも美味しいですね! こんなに食べていいんですか!?」
どこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。しかも相当元気そうだ。
どうやら警戒しなくても大丈夫らしい。隠密なんてまるで考えない堂々たる姿勢でテントから出ていく。
外に出ると、あまりに先ほどまで自分がいた光景との剥離に息をのんでしまった。気絶する前は草や木、花などありとあらゆる緑に囲まれていたのだが、ここは正反対と言ってもいい。岩肌しかない場所で、構造上少なくともここらへんには風すら入って来なさそうな洞窟だ。天然の洞窟にいるのかとも思ったが、どうやらそれは違うらしい。あまりにも居住空間が広すぎる。僕がいたテント以外にも無数のテントが点在している。何人もの人々がここで暮らしているようだ。上を見上げると無数の裸電球らしきものが照らしている。よく見ると電線などがないため、魔法で照らしているようだ。太陽のような温かい光を全身に感じる。想像していたよりも明るく、温かい場所にいたことに少し驚きつつも先ほどの声の主を探すために歩を進めた。
少し進むとその人物はすぐに見つかった。そこは先ほどまでいた場所とは打って変わって机と椅子がいくつも置いてある。どうやら食事をするスペースらしい。一国のお姫様はそこで屈曲な男たちに囲まれながら、食べ物を前によだれを垂らしていた。目の前には鳥の丸焼きや色とりどりのフルーツ等、野性味が溢れているものの贅沢な食べ物がところせましと並んでいる。食べ物に気を取られているオルフェウスがこちらに気付く気配は一切ない。先ほどまで少しでも最悪な状況を考えていた自分が馬鹿らしくなるほどに幸せそうな光景だ。
目の前まで歩いていくと流石に僕の存在に気付いたが、口の中に食べ物がいっぱい詰まっているため、身振り手振りで再開の感動を表現している。律儀にしっかりと口の中の食べ物を胃の中に入れた後、ようやく再開後第一声を発した。
「勇者さん、お目覚めになられていたんですね!」
勢いよく立ち上がると、こちらに駆け寄ってきて抱き着いてきた。
「お、おおぉ……う、うん」
現実での女性耐性のなさが遺憾なく発揮されてしまった。
「そ、そんなことより、この人たちは?」
オルフェウスを引きはがしつつ、そう訊いた。場所も分からなければ、ここにいる男の人たちにも心当たりがない。
「ああ、私も説明してもらうまでは知らなかったんですけど、どうやら魔王討伐を目的としている方々らしいです!」
そう言いつつ、先ほどまで隣に座っていた男の人たちを振り返った。
「こちら、先ほどお話しした勇者さんです! 強いんですよー!」
なんとも力の抜ける紹介の仕方だ。
「どうも、よろしくお願いします」
「あなたが勇者様ですか。よろしくお願いします」
他愛のない挨拶をすると、男の人たちの中から一人優しい表情をした人が前に来て手を差し出してきた。彼の表情につられて笑顔で手をとったものの、その表情からは伺うことができなかった威圧感を感じた。流石にちょっと怖い。
「あなたがたが僕らを助けてくれたんですか?」
「ああ、それはまあそうですが、助けたと言いますか……」
明らかに後半言葉を濁している。
「この方たちの罠だったらしいですよー!」
そしていとも簡単に言いづらそうにしていることを暴露している。
「なんでも、この辺に今盗賊がいるらしくて、それ用の罠に私たちが引っかかってしまったらしいです! よかったですね、私たち命が無事で!」
どんどん話が進んでいく。なんともありがたい。
「よかった、僕たち間違えて殺されなくて……」
「それはですね、知り合いがいてくれたから説明してくれたらしいです!」
「……知り合い?」
「はい、この方です」
と、先ほど握手をした人の影から一人の男性がひょっこりと出てきた。
「よ、よよろしくお願いしまひゅっ」
見覚えはないがこのしゃべり方にはなぜか覚えがある。
「森でお話しした、一緒にスライムを倒した冒険者見習いさんです!」
……回想に出てきた人の再登場。新しい仲間の予感しかしない。
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