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古宮くんは色恋が苦手


 本日最後の授業の終了を告げる鐘が鳴り、教室内が騒がしくなる。

 大多数の生徒達が足早に部活動へと赴く最中、僕は机に突っ伏していた。

 疲れた。

 とても、疲れた。

 今までの高校生活で一番疲れた。

 勿論、間近桃園さんの笑顔を見られたように、良いこともあった。

 だが、それを持って余りあるほど、心労がすごかった。


「……ふう」


 しかし、そんな思いをするのは今日だけだ。明日からは、平穏無事、平常運転、平々凡々な毎日が帰ってくるはず。今日はたまたまベガスにでも行ってたんだろう。


「さっとーくん!」


 ひえっ。

 跳ねるように体を起こし、教室の出入口を見ると、そこにはニッコニコの桃園さん。


「また明日! じゃーねー!」


 そう言いながらブンブン手を振る彼女に、僕はひきつった笑顔を浮かべた。


「……はい、また明日」


 平穏な毎日くん、ベガスに永住するってさ。


「隼人もね!」


「ああ」


 ひらひらと手を振る古宮くんを見てから、桃園さんは教室を出ていった。これから部活に向かうのだろう。確か、テニス部だったか。テニスウェア姿が堪らんとか何とか、クラスの男子が大声で話していたような気がする。


「……はぁ」


 明日から自分はどうなってしまうのか、戦々恐々としながら、のろのろと鞄へ教科書やノートを詰めていく。


「佐藤」


 ちょうど、鞄を閉じたタイミングで古宮くんから声がかかった。


「えっ、あっ、はい」


 慌てて返事をしつつ前を見る。

 古宮くんは既に下校準備を終えていたようで、机に鞄を置いてこちらを見ていた。もしかして、僕を待っていたのだろうか。


「一緒に、帰るか」


 やはり待っていたらしい。というか、ちょっと待ってほしい。

 今、なんと?


「僕と、ですか?」


「嫌か?」


 それはズルい。

 ここで声高に嫌だと宣言できるだろうか。いや、出来ない。


「そんなことないです」


「じゃ、帰るか」


「……はい」


 諦める他無いらしい。今日諦めてばかりだな、僕。

 二人連れ立って、教室を出る。

 グラウンドや体育館から届く運動部系の掛け声。音楽室周辺から響く管楽器の音色。それらを背景音楽にして僕達は廊下を歩いていく。

 さすがに古宮くんの真横に並ぶのは気後れしたので、少し後ろを付いて行く。貞淑な妻か。

 古宮くんが何か話しかけてくるかと身構えていたけど、そんな事はなく。

 沈黙が、なんとも居心地が悪くて。だけれど、朗らかに会話を振れるような社交性が僕に備わっているかといえば、そんな事もなく。

 綽々と歩を進める古宮くんと、粛々と続く僕。

 ……古宮くんは、どうして帰路を共にしようと言ったんだろうか。解せない。

 結局、廊下を行き、階段を下り、靴箱を開けるまで、古宮くんは口を開かなかった。


「……ん?」


 ひらり、と、古宮くんの靴箱から何かが舞い落ちた。

 古宮くんの後ろで順番待ちをしていた僕の足下に滑ってきたソレを、何の気なしに拾い上げ──分かりやすくピンク色のソレの正体が分かり、心臓が跳ねた。

 これってつまりたぶんきっと見知らぬ女子から古宮くんへのラばばばば。


「こっ、コレ……!」


「ああ、サンキュ」


 おもいっきり挙動が怪しくなりながらも、誰かしらからの恋のお便りを、古宮くんへと手渡す。

 恋文が手を離れた事で、なんとか落ち着いた。差出人でも受取人でもないのに、何故僕がドキドキしなければならないのか。


「す、凄いですね……」


 現在、古宮くんの右手には、今返した一通。そして左手には、見た感じ十通ほどのラブレターが、それぞれ握られている。一度に目にする数じゃないよ、これ。

 時期を考慮すると、おそらく差出人は皆新入生だろうかと当たりをつける。現二、三年生の勇士達は、去年、古宮くんの入学直後に一切合切が玉砕したとか、当時大きな話題になっていた気がする。


「ああ、凄いよな……。勇気を出して行動して、誰かを好きだって感情を表に出せるって」


 そんな意味で言ったんじゃないんだけど、古宮くんが心底から羨ましがっているように感じて、訂正する気にはなれなかった。

 やはり、これほどの容姿ともなると、色恋沙汰でのしがらみか何かがあるのだろうか。そう思ってしまうほど、情感の籠った言葉だった。


「……どうするんですか、返事は?」


 手慣れた様子で手紙の束を鞄に仕舞い込む様子を眺めながら、古宮くんに尋ねてみる。昨年の事もあるし、半ば返答は分かる質問だけれど。


「申し訳ないが、丁重にお断りさせていただく」


 心苦しそうにそう言うと、彼はゆっくり鞄を閉じた。


「誰か、好きな人がいるんですか?」


 言い終わってから、無遠慮が過ぎたかな、と自己嫌悪。

 だが、沢山の人に好意を寄せられているのに、それを一つ残らず手折るからには、なにがしかの理由があるハズ。それが、どうにも気になった。


「いや、そうじゃなくてな」


 少しばかり言い淀んだ後、


「……どうにも恋愛事は苦手なんだよ」


 古宮くんは、バツが悪そうに苦笑する。

 不得手、というからには過去に何かがあったのだろうか。

 根も葉も掘ってみたいくらいの興味はあるけど、さすがに失礼なのでグッと堪える。


「……苦手な事とか、あったんですね」


「佐藤は俺を何だと思ってたんだ?」


 完全無欠の雲上人、当代一の完璧超人だと思ってました、はい。

 ……しかし、苦手、とは。

 その言葉を聞いた瞬間、嬉しくなった自分が恥ずかしい。

 生きる世界が違うと思っていたけれど、実は同じ世界にいたことに気付いたような、そんな気持ちになってしまった。そんなワケないのに。

 待たせて悪い、と言いながら靴を取り出した古宮くんに心の中で懺悔しつつ、僕も下履きを取り出す。勿論、僕の靴箱には紙片一つ入っていない。

 当たり前の光景なのに、僕の胸には幾ばくかの寂寥感が去来した。


「じゃ、行くか」


 靴を履き終え、歩き出す。

 古宮くんは先刻と変わらず綽々と歩き、僕は寂々とした心境で、学校を後にした。


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