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桃園さんは食べるのが好き


「さっとーくんっ!」


 四限目の終了を知らせる鐘が鳴り、先生が退室した瞬間だった。

 元気な声で僕の名を呼びながら、滑り込むようにして僕の前に移動してくる桃園さん。

 母お手製の弁当を鞄から出そうとしていた手が、

驚きでびくりと跳ねる。


「は、はい?」


 三限目の前の休み時間に起きた一件により、一時は針のむしろだったけれど、時間を置いた事で、僕を見る目も減ってきて、いつもの平穏を取り戻し始めていた矢先に、クラス中に響く大声。

 再びクラスメイト達の耳目を集めることになり、内心で冷や汗を流す。


「ぷりーず、うぇいと! おーけい?」


 僕の心中などお構い無しに、桃園さんは満面の笑顔。眩しい。


「お、オーケー」


 直前までの授業の影響だろうか、いきなり英語で問われ、咄嗟に同様のノリになってしまった。恥ずかしさで顔から火が出そう。

 僕の返事に、桃園さんは満足げに頷くと、軽快な足取りで教室を出ていった。

 後に残されたのは、呆けた顔の僕と、気まずい沈黙。

 普段はざわざわと喧騒に満ちている教室内は、水を打ったように静まり返っていた。勘弁してほしい。


「悪いな、せっかくの昼休みに」


 重たい静寂を破ったのは、古宮くんだった。

 顔をこちらに向け、申し訳なさそうに苦笑している。


「いえ、お気になさらないでください」


「なんで敬語だよ」


 古宮くんが声を発した事で、いくらかギクシャクとしながらも、教室内は日常に戻り始める。

 席を寄せ合い昼食を共にする者、財布を握り購買に向かう者。

 古宮くんと会話している現状、いまだに無遠慮な視線がちくちく刺さってはいるけれど、その数はかなり抑えられた。

 それについて感謝しかけたけど、うん、元々はキミが休み時間に話しかけてなければこうはなってないんだよね。


「ま、ちょっと待っててくれな。アイツ、すぐ戻ってくるだろうから」


 その言葉通り、五分と掛からず桃園さんは帰ってきた。

 両腕で幾つもパンを抱えて、右手にはペットボトル飲料を握っている。購買に行ってきたらしい。


「んふふ、お待たせー」


 言いながら、パンを古宮くんの机上にぶちまける。お前な……と呟く古宮くんを無視して、桃園さんは、グループを作って教室端でご飯を食べている生徒の一人に声をかけた。

 古宮くんの隣席の女子だった。彼女に椅子を借りる旨を伝え、了承を得た後、その椅子を古宮くんの机に寄せ──ようとした所で、僕を見、


「ほらほらっ、佐藤くんもはやくはやく。隼人と机くっ付けてよ」


 こいこいと手招きをする。え、マジで言ってます?

 古宮くんに目で問いかける。


「諦めろ」


 ……はい。

 観念して、机を組み合わせ、三人でそれを囲む。どうしてこうなった。


「あれ? そういや、板倉くんは?」


「アイツは風邪で休みだぞ? 昼にもなって何言ってるんだ」


「そうなんだ、気付かなかった……まぁいいや。板倉くんだし」


 今日は欠席している男子の話をしながら昼食の準備をしている二人を、会話に入ることもできず、僕は眺めることしか出来ない。

 疎外感というか、場違い感というか……とにかく気まずい。


「さて、と……。ふっふっふ、佐藤くん!」


「は、はい」


「さっきは迷惑をかけちゃったからさ、この中から一つ、好きな物を持っていきたまへ!」


 何をいそいそと準備しているのかと思えば、机には桃園さんが買ったパンが七つ、一列に並んでいた。


「え、いや、ホントに気にしないでください。僕は大丈夫ですから」


「こっちがだいじょばないのさ! 遠慮せずに選んじゃって!」


 だいじょばないって何?

 一歩も譲らない様相の桃園さん。どうしたものかと悩んだ末、僕は古宮くんにSOSを孕んだ視線を向けた。

 弁当箱の蓋を開けていた古宮くんは、薄く笑いながら、こくりと頷く。

 選んでやれ、ということだろうか。物凄く諦感を含んだ笑みだった気がする。


「ありがとうございます。じゃあ……えっと、コレで」


 整列したパンを一瞥して、一番安そうなクリームパンを指差す。


「……」


 桃園さんからの返事がない。

 顔色を窺ってみれば、なんと綺麗な瞳が潤んでいる。


「えっ」


 選択を間違えた……? もしかしてクリームパンが一番好きだったとか?

 とにもかくにも、慌てて他のパンを選ぶことにする。


「じゃあ、コレ」


 カレーパン。


「……」


 うるうる。


「こ、コレ」


 コッペパン。


「……」


 うるうる。


「……コレ」


 メロンパン。


「……」


 うるうる。


「いい加減にしろ」


 デコピン。


「みぎゃッ!」


 うるうる。

 額を押さえながら、潤んだ瞳で恨めしげに古宮くんを睨む桃園さん。


「何すんのさー!」


「自分であげるって言ったんだろうが。いちいち泣きそうな顔すんな。佐藤が困るだろうが」


 うん、めちゃくちゃ困った。


「悪いな、佐藤。コイツ、人一倍食い意地が張っててな。食い物を人に譲るなんて滅多にないんで、こうなったワケだ」


「え、じゃあ、なんで……」


 パンを持ってけ、なんて言ったんだろうか。


「まぁ、それだけ佐藤に対して申し訳なく思ってたんだろ。こんな顔になってちゃ台無しだが」


 コツン、と桃園さんの頭を小突く古宮くん。


「隼人、うるさい。……えっと、ゴメンね、佐藤くん。もう大丈夫だからね! 覚悟決まったし、我慢できるから!」


 そんな悲壮感に満ちた笑顔を向けられましても。


「それじゃあ……いただきますね」


 とりあえず、最初にチョイスしたクリームパンに手を伸ばすと、案の定、グッと歯を食い縛っている様子の桃園さん。

 申し訳なさがすごい。どうにかしたい。

 熟考した後、僕は、自分の弁当箱を開けて、桃園さんの前に置いた。


「イチゴを……どうぞ」


 大した案が浮かばなかったので、自分の好物を献上することにした。つまり、桃園さんと同じ事をする。

 ぱちくり、と驚いたように目を瞬かせていた桃園さんだったが、気遣われていると分かったのだろう。わたわたと手を振る。


「気にしなくていいよー。私は大丈夫だからさ」


「いや、こちらが……だいじょばない、ので。遠慮なく食べてください」


 顔が熱い。想像以上に恥ずかしい。


「……ふふ、そんな真っ赤になりながら言われちゃあ断れないねっ。ありがとう。いただきます」


 ぱくり。

 イチゴを咀嚼している桃園さんは、柔らかく笑んでいる。

 それは、見ているこちらも幸せな気分になるほど暖かい笑顔で。

 お腹はペコペコなのに、僕の胸はいっぱいになった。


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